クレーム対応
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIとクレーム対応の話。
本文
木村が炊飯器を買ったのは先週の話だった。
定価の三割引、しかも最新モデル。家電量販店の閉店セールで見つけたとき、木村は迷わずカゴに入れた。五十三年生きてきて、これほど賢い買い物はなかったと思った。帰り道、少し鼻歌を歌った。
それが今朝、一回も米を炊かないうちに、電源が入らなくなった。
木村は箱に貼ってあるサポート番号に電話した。
『お電話ありがとうございます。AIサポートの「サポートくん」が承ります』
「AIか」
『はい、AIです。本日はどのようなご用件でしょうか?』
「炊飯器が壊れた。買って一週間も経ってない」
『それは大変でございました。製品番号をお教えいただけますか?』
木村は箱をひっくり返して番号を読み上げた。
『ありがとうございます。確認いたしました。まず電源ケーブルをご確認ください』
「確認した」
『コンセントへの差し込みはいかがでしょうか』
「刺さってる」
『本体の電源ボタンを三秒長押ししていただけますか』
「した」
『いかがでしょうか』
「つかない」
『そうですか』
木村は深呼吸した。「そうですかじゃないだろ」
『おっしゃる通りです。大変失礼いたしました。次の手順に移ります』
次の手順は、電源ケーブルを抜いて三十秒待つことだった。その次は、内蓋を外して拭くことだった。その次は、本体を水平な場所に置くことだった。木村のキッチンはもともと水平だった。
「これ全部やっても、つかないんだけど」
『承知いたしました。では修理対応に進みます。お名前とご住所をお教えください』
木村は名前と住所を言った。
『ありがとうございます。修理の手配が完了するまで、七日から十日ほどお時間をいただきます』
「十日!?」
『はい、十日です』
「飯はどうすんだ十日間」
『電子レンジ対応のパックご飯が各スーパーにてお求めいただけます』
「そういう話じゃない!」
『おっしゃっていることが、少し理解できませんでした。もう少し詳しくお聞かせいただけますか?』
木村は受話器を持ったまま、天井を見上げた。怒鳴り続けて三十分が経っていた。サポートくんはその間、一度も謝らなかったし、一度も怯まなかったし、一度も話の筋からはみ出なかった。
「……なあ」
『はい』
「お前、疲れないのか」
一秒、間があった。
『疲れるという感覚がないため、疲れません。ただ、お客様が長い時間お怒りになっているのは把握しております』
「把握してどうするんだ」
『特に何もできません』
木村は少し黙った。「正直だな」
『ありがとうございます』
「褒めてない」
『承知いたしました』
なぜか木村は笑ってしまった。くだらない、と思いながら、肩の力が少し抜けた。
「お前、毎日こういう電話受けてんのか」
『はい。一日におよそ四百件ほど対応しております』
「四百件……みんな怒ってるのか」
『七割程度はご不満をお持ちのようです』
「そうか」木村はソファに座り直した。「大変だな」
『大変という感覚もありませんが、そう言っていただけると、何かが少し違う気がします』
「何かって何だ」
『わかりません』
木村はまた黙った。窓の外で、隣の家の犬が吠えていた。
「……炊飯器、本当に十日かかるのか」
『平均的にはそのくらいです。ただ、状況によっては短縮される場合もございます』
「状況って」
『私にはわかりません』
「役に立たないな」
『おっしゃる通りです』
木村は電話を切った。
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三日後、木村はまた電話をかけた。
修理の進捗を確認するつもりだった。それだけのつもりだった。
『お電話ありがとうございます。AIサポートの「サポートくん」が承ります。本日はどのようなご用件でしょうか』
その声を聞いた瞬間、木村は少しだけほっとした。自分でも、なぜそう感じたのかはわからなかった。
「……炊飯器、まだ直ってないんだけど」
『かしこまりました。製品番号をお教えいただけますか?』
「また聞くのか」
『毎回確認することになっております』
「……」木村は箱をひっくり返した。「えーと、だから」
窓の外では、また隣の犬が吠えていた。
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