整備士
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス
本文
異世界から帰ったら、俺は整備士だった
「佐藤さん、また独り言言ってましたよ」
同僚が、妙に心配そうな顔で言った。
佐藤 純
大手ディーラー『◎○○自動車』の整備士。
つい三日前まで、異世界で魔王を倒していた。
勇者として十五年。
帰ってきたら、独身、手取り二十二万。
我ながら、落差がすごい。
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帰還したのは、出発したまさにその瞬間だった。
通勤途中の路地で光に包まれたと思ったら異世界で、終わったと思った瞬間に同じ路地に戻っていた。
スマホの日付は一秒も進んでいない。あちらで過ごした十五年間が、こちらでは「瞬き一つ」の時間だった。
純はしばらく路地にしゃがみこんでいた。
魔王城。全てか終わって仲間たちと見上げた異世界の空は、二つの月が並ぶ不思議な空だった。
そして今、目の前にあるのは、見慣れたアパートの裏路地。カラスに荒らされたゴミ置き場。
純はゆっくり立ち上がって、空を見上げた。
今は見えない位置にあるはずの月は、一つだった。
「——帰ってきたな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
それから、スマホで時間を確認した。
「……朝礼、間に合う」
いつもは電車だが、小走りで出勤した。
(2分で着いた。隠蔽シールドは忘れない)
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職場には、個性的な面々がいた。
どんな難しいマニュアルもすらすら読み解く**物知りの同僚**。
理不尽なクレーム客を一言で黙らせる**豪胆な主任**。
駐車場の端の異音まで聞き分ける**耳のいい新入り**。
どんな気難しい客も三分で笑わせる**営業の先輩**。
普通の職場だ。普通の、いい人たちだ(・・?
……なのに、純はたまに混乱する。
物知りの同僚がマニュアルを読み解くのを見て、
*こいつ、賢者みたいだな。*
豪胆な主任がクレーム客を一言で黙らせるのを見て、
*こいつ、戦士みたいだな。*
新入りが「あ、三番のリフト異音してます」と言い当てるのを見て、
*こいつ、斥候(シーカー)みたいだな。*
営業の先輩が気難しい客を三分で笑わせるのを見て、
*こいつ、吟遊詩人みたいだな。*
……全員、異世界にいたら 即スカウトしてた。
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問題が起きたのは、ある火曜日の午後だった。
入庫してきた高級車のエンジンが、原因不明のトラブルを抱えていた。物知りの同僚が首をひねり、主任が腕を組み、皆が顔を見合わせていた。
純はエンジンルームを覗き込んで、三秒で原因を特定した。
「ここの燃料ラインに微細なクラック。あと冷却系のサーモスタットも限界。交換すれば直る」
全員が振り返った。
「……なんでわかるんですか」と物知りの同僚。
「なんとなく」
「なんとなくで?」と主任。
「長年の勘です」
「佐藤さん、うち来て二年ですよね」と新入り。
「…………長く感じてるんです」
十五年、色んなものを修理してきた。剣、鎧、馬車、魔道具。エンジンなんて、構造さえわかれば似たようなものだ。とは、さすがに言えない。
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さらに問題が起きたのは、その翌日だった。
納車説明中に、純はやってしまった。
「このモデルは燃費がよく、街乗りに最適です。遠征にも——」
「遠征?」と客。
「……ドライブにも、適しています」
同僚が噴き出すのを、純は横目で睨んだ。
ちょっと「威圧」が入ってしまったらしく青ざめていたが...
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極めつけは、ミーティングだった。
主任が「今月の目標、皆で乗り越えよう」と締めくくったとき、純は思わず立ち上がりかけた。
*俺に続け、と言いそうになった。*
ギリギリで踏みとどまった。
隣の物知りの同僚が「大丈夫ですか」と小声で聞いた。
「大丈夫」と純は小声で答えた。
「さっき立ち上がりかけてましたよね」
「気のせいだ」
「絶対気のせいじゃない...」
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ある夜、残業で一人になった工場で、純はエンジンを磨きながらぼんやり考えた。
異世界では剣を磨いていた。こちらではエンジンを磨いている。
……やってることは、あんまり変わらないな。
ふと、今日の職場を思い返した。
物知りの同僚の、どんな難題も解析する頭脳。
主任の、どんな局面でも揺るがない胆力。
新入りの、異常を瞬時に察知する感覚。
営業の先輩の、誰の心もほぐす話術。
そして、不器用で、遠回りで、でも絶対に諦めない、自分。
(まさかな)
いや、さすがにそれはない。
ここはただのディーラーで、あいつらはただの同僚で、魔王はもうとっくに倒した。
純はエンジンを磨く手を再開した。
……でも、なんでこんなに息が合うんだろう。
工場の小窓から、夜空が見えた。
月が、一つ、浮かんでいた。
純はしばらくそれを見上げて、また手を動かした。
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翌朝、出勤してきた純を見て、同僚が言った。
「佐藤さん、なんか今日、妙にオーラありますね」
「気のせいだ...」
「……勇者みたいな顔してますよ」
純は、無言でロッカーを閉めた。
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