和菓子屋
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス
本文
異世界から帰ったら、うちは和菓子屋だった
「お父さん、また手が止まってる」
末っ子の長女が、呆れた顔で言った。
「わりぃ、わりぃ」
佐藤 純
実家の和菓子屋『○○堂』の三代目。
つい三日前まで、異世界で魔王を倒していた。
剣で魔王を倒すより、練り切りを綺麗に成形する方がずっと難しいと、最近ようやく気がついた。
(魔法で出来なくはないが、手づくりにこだわりたい)
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帰還したのは、出発したまさにその瞬間だった。
光に包まれたと思ったら、同じ店の小豆倉庫に戻っていた。
スマホの日付は一秒も進んでいない。
あちらで過ごした十五年間が、こちらでは「瞬き一つ」の時間だった。
純はしばらく倉庫にしゃがみこんでいた。
魔王は倒した。世界は救った。勇者としての使命は、完璧に果たした。
それで?
「——帰ろう」
立ち上がって、音速超えで走った。
「遅い。仕込み——」
妻が言いかけた瞬間、純は妻を思い切り抱きしめた。
小麦粉まみれのエプロンごと、全力で。
「っ……ちょっと、純! 何⁉」
「会いたかった」
「は? 五分前にいたでしょ」
「十五年分、会いたかった」
「意味わかんない! 離して、どら焼が焦げる!」
厨房の入口で、三人の子供たちが微妙な間合いで立っていた。
高3 の長男が、無言で踵を返した。
高1 の次男が、天井を見上げた。
中1 の長女だけが、なぜかにこにこしていた。
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和菓子屋の朝は早い。
五時起きで仕込みを始め開店は九時。
純と妻が厨房で動き、店番をする。
子供たちは学校から帰ると総動員だ。
長男は無口で、でも仕事が速い。指示する前に動いている。
次男はぶつぶつ文句を言いながら、でも手は止まらない。
「なんで俺が」と言いながら、一番仕事が丁寧。
長女は目ざとい。
「お兄ちゃん、上用饅頭あと2つ」
「お父さん、浮島切って」
「お母さん、お客さん来てる」と、店全体を把握している。
そして問題は、純と妻が並んで作業していると、やたらと空気が甘くなることだった。
「こっち押さえてていい?」
「はいはい」
「ありがとう。ほんと助かる。お前がいてくれてよかった」
「……大げさ」
でも口元が緩んでいる。
「——うわあ」と次男。
「見なくていい」と長男。
「~~〜」と長女。
「長女はなんで嬉しそうなんだ」と次男。
「だって仲良しじゃん」と長女。
長男はすでに視線を羊羹に戻していた。
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閉店後の厨房で、純は一人、新しい和菓子の試作をしていた。
異世界では剣を握っていた手が、今は竹べらを握っている。
むこうで十五年、こちらで三日。
どちらが本当の自分の手なのか、たまにわからなくなる。
「少し休んだら...」
妻が麦茶を持ってきた。隣に座って、純の手元を黙って見ている。
「なぁ...」
「なに」
「俺さ、夢を見てた気がするんだ。すごく長い夢」
「どんな?」
「剣とか、魔法とか、魔王とか。異世界に召喚されて、仲間と一緒に旅して、最後に魔王倒す夢」
妻はしばらく黙って、麦茶を一口飲んだ。
「……それで?」
「夢の中でもずっと、帰りたかった。お前に会いたかった」
「…………」
「十五年かかって、ようやく帰れた気がして——」
「ちょっと待って」
妻が純の口を手で塞いだ。
「恥ずかしいから、そういうの、急に言わないで」
「言ったらだめか」
「……だめじゃないけど」
妻は立ち上がりながら、でもその手を、一瞬だけ純の手に重ねた。本当に一瞬だけ。
純は竹べらを置いて、小さく笑った。
廊下の影で、長女がこっそりガッツポーズをしているのは、気づかないふりをした。
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大きな 注文が入った日の前日、家族全員で夜なべをした。
妻が全体を仕切り、長男が黙々と手を動かし、次男が文句を言いながら作業し、長女が在庫と時間を管理し、純が仕上げを担当する。
「火加減もう少し弱めて」と妻。
「言われなくてもわかってる」と次男。でも素直に弱める。
「お兄ちゃん、次の準備できてる?」と長女。
長男は無言で、すでに準備していた。
「お父さん、それ左右逆」と長女。
「ほんとだ」と純。
どんどん仕上がっていく。流れるように。誰も迷わず、誰も止まらず。
ふと純は手を止めた。
(おかしい)
なぜこんなに息が合うのか。
長男の、命令がなくても最善手を選ぶ判断力。
次男の、口では嫌がりながら、絶対に投げ出さない粘り強さ。
長女の、全体を把握して、常に一手先を読む目。
妻の、誰一人脱落させない、嵐の中でも揺れない采配。
そして、不器用で、遠回りで、それでも絶対に諦めない、自分。
(まさかな)
「お父さーん、また止まってる!」
長女に言われて、我に返る。
「わりぃ!」
「もう、しっかりして」と妻。
「お父さんのそういうとこ、ほんとどうにかして」と次男。
長男は無言で、純の分までもくもくと作業していた。
なんだかんだ、助けてくれる。
純は苦笑して、和菓子に向き直った。
そのとき妻がこちらを見た。何か言いたそうな、でも何も言わない顔で。
純も何も言わなかった。
ただ、目が合った。
「またー!」と長女。
「見てない」と純。
「見てないし」と妻。
「絶対見てた」と次男。
長男はため息をついた。でも口元が、ほんの少しだけ緩んでいた。
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翌朝、 注文の和菓子は、予定より かなり早く仕上がった。
少々、出来すぎだった。
まるで昔から、何度も何度も、背中を預け合ってきたかのように。
——そんなわけは...
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