副操縦士
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス
本文
佐藤 純
旅客機の副操縦士
高度一万メートルの上空
「機長、巡航高度に達しました。気流も安定しています」
「よし。サイン消すか」
シートベルト着用サインが消えた瞬間、純の意識は別の場所へ飛んだ。
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気づいたら、見知らぬコックピットに座っていた。
計器類はどこか見覚えがある配置だが、何かが違う。エンジン音がない。それどころか、機体全体がしんと静まり返っている。なのに窓の外は明らかに飛んでいる。雲が流れていく。
「なんだここは」
「おお、新人か。思念は強そうだな」
隣の席から声がした。 白髪のパイロットが、にやりと笑っている。
「思念……?」
「この機体、エンジンなんてないぞ。全部これで飛ばす」
老パイロットが自分のこめかみをトントンと叩いた。
純は5分ほど状況を把握できなかった。いや、正確には把握したくなかった。だって明らかに、ここは地球ではない。
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異世界での生活は、思ったより順応が早かった。
なにしろ文明レベルは現代とほぼ同じだ。
「転移者」も多くはないがそれなりにいて、優秀な人材が多いらしく、すんなり受け入れられた。
スマートフォンに似た端末もある。コンビニに似た店もある。ただし全ての乗り物はエンジンを持たず、「思念」と呼ばれる人間の精神エネルギーで動いていた。電車も、車も、そして旅客機も。
強い思念を持つ者は、より大きな機械を任される。
純は転移10日目に適性検査を受け、即座に旅客機操縦士の資格を与えられた。
「あなたの思念、トップクラスですよ」と担当者に言われた時、純は照れた。
照れてる場合じゃないのだが、褒められると素直に嬉しい。これは万国共通らしい。
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異世界での一年目。
純は思念の扱い方を学んだ。エンジンの代わりに自分の意志で機体を押し出す感覚は、最初は恐怖でしかなかった。「飛べ」と思っても「本当に飛ぶの?」という疑念が邪魔をする。これが最大の敵だった。
三年目。ようやく国内線の副操縦士に就任した。
七年目。国際線のチーフパイロットになった。
同僚に「思念パワーの純さん」と呼ばれ始めた。うれしいような、くすぐったいような。
でも、どんなに思念を使い慣れても、純がずっと想い続けていたものがあった。
妻、だ。
異世界に飛ばされる直前、妻は入院していた。最初はただの風邪だったのに、いつの間にか肺炎になり、そのまま意識を失った。生命維持装置、半年が限界という。
だから純は毎晩、眠る前に思念を送った。
届くわけがない、と頭では思いながら。でもこの世界では思念が物理現象を動かす。愛する人の思いが病を治すことも。だったら、もしかして——と。
「妻よ、起きてくれ」
十五年間、毎晩、欠かさず。
こちらで見たら完全にアレな人だが、異世界の人々は「強い思念だ」と尊敬の目で見てくれる。文化の違いはありがたい。
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十五年目、唐突に純は元の場所に戻った。
コックピット。隣には機長。シートベルトサインが今まさに消えたばかり。
窓の外の景色はあの日と変わらない。純の体にも異変はない。ただ、心の中に十五年分の記憶と、毎晩送り続けた思念の感触だけが残っていた。
「……え」
「おっ、戻ってきたか」
機長が、なんでもないような顔で言った。
「十秒ほど消えてたぞ。あの世界、行ってきたか?」
純は固まった。
「……機長、知ってるんですか」
「俺は四年だった。お前は?」
「じゅ……十五年です」
「十五年!」機長が小さく口笛を吹いた。「それは大ベテランだな。何を飛ばしてた?」
「国際線です」
「さすがだ」機長はにやりとした。
「なら安心した。二人でこの機体を制御しよう。思念でな」
純はしばらく機長の横顔を眺めた。五十代、白髪交じり、温厚そうな顔。
普段から「落ち着いた人だな」と思っていたが、そういう理由だったのか。
「……他の人には?」
「内緒でな」機長はにっこり笑った。「当たり前だろ」
当たり前ですね。純もにっこり笑い返した。
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着陸し、タラップを降りていると、スマートフォンが震えた。
病院からのLINEだった。
一行読んで、純は足を止めた。タラップの途中、後ろから「どうした」と機長の声がしたが、返事ができなかった。
妻が、目を覚ました。
十五年間、毎晩送り続けた思念。届くわけがないと思いながら、それでもやめなかった思念。
純はスマートフォンを握りしめたまま、しばらく動けなかった。タラップの上で立ち止まる副操縦士を、地上スタッフが不思議そうに見上げている。
でも純には、今だけは、そんなこと気にする余裕がなかった。
よかった。
本当に、よかった!!
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