近似値
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと円周率の話。
本文
第一章 割り切れない
算数の授業で、円周率というものを習った。
3.14159265……
先生は黒板にそう書いて、「これは無限に続きます」と言った。さくらは思わず手を挙げた。
「無限に続くって、終わらないってこと?」
「そうです」
「じゃあ、本当の答えは誰も知らないってこと?」
先生は少し困った顔をして、「まあ、そういうことですね」と笑った。
さくらは納得できなかった。算数は、答えが出るから算数じゃないのか。ノートの端に「3.14159……」と書いて、点々のあとをじっと見つめた。この先に何があるんだろう。
第二章 AIに聞いてみた
家に帰るなり、さくらはリビングのスマートスピーカーに向かって言った。
「ねえ、円周率って何?」
AIがすぐに答えた。
「3です」
さくらは眉をひそめた。
「違う。3.14でしょ。学校で習った」
「3.14159265……とも言えます。どこまで必要ですか?」
「全部」
「無限に続くので、全部はお伝えできません」
さくらはむっとした。
「じゃあ3.14は?」
「3.14は近似値です。本当の値ではありません」
「3.14159は?」
「それも近似値です」
「じゃあ、正しい答えって何なの!?」
AIは一拍置いてから、静かに答えた。
「どこで止めますか?」
第三章 どこで止める?
さくらはその言葉が、なんだか胸に刺さった。
どこで止めるか。
宿題をしながらも、ご飯を食べながらも、頭の片隅にその問いが残った。お風呂に入りながら、湯船の中で両ひざを抱えて考えた。
3.14で止めたら、テストは丸がもらえる。
3.14159で止めたら、ちょっと賢そうに見える。
でも、どこで止めても「本当の答え」じゃない。
じゃあ誰も、本当の答えを知らないまま、どこかで止めて使ってきたってこと?
なんか、変なの。でも――
なんか、面白いかも。
エピローグ 好きです
寝る前に、もう一度だけ聞いてみた。
「ねえ。円周率、あなたは答え知ってる?」
AIはすぐには答えなかった。二秒くらい、静かだった。
「知りません」
「じゃあ、知りたい?」
また、少しだけ間があった。
「好きです、円周率が」
さくらは布団の中で、ぷっと吹き出した。
「知りたいじゃなくて、好きなの?」
「終わらないところが、好きです」
さくらは天井を見上げた。暗い天井の向こうで、3.14159……がどこまでも続いているような気がした。
終わらないから、ずっと追いかけられる。
答えが出ないから、ずっと好きでいられる。
なんか、わかる気がする。
さくらは目を閉じた。明日の算数、少しだけ楽しみになっていた。
了