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第一話:逆行する時計

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/15 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 3,469文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、一本目の違和感である。

ある男が私の前に現れ、「時間が逆回転している」と訴えた。時計の針が、記憶が、そして世界そのものが——彼はそう主張した。

私は彼の話を、そのまま記録する。

────────────────

目が覚めると、部屋の時計が止まっていた。

いや、止まっているわけではない。秒針は動いている。ただ、動く方向が——逆だった。

彼は布団から起き上がり、壁掛け時計に近づいた。確かに秒針は反時計回りに進んでいる。カチ、カチ、カチ、と規則正しく。

「電池が切れかけているんだろう」

そう結論づけて、彼は洗面所へ向かった。

鏡の中の自分を見る。いつもと変わらない顔。ただ、何かが——何かが少しだけ違う気がした。

歯を磨き、顔を洗う。タオルで顔を拭いてもう一度鏡を見たとき、彼は気づいた。

鏡の中の時計が、正しい方向に回っている。

振り返る。壁掛け時計は相変わらず逆回転している。だが、鏡に映った時計の針は、正しく時計回りに進んでいる。

「……鏡だから、逆に見えるのか?」

いや、違う。鏡は左右を反転させるが、時計の回転方向までは変えない。

彼は混乱した頭を振り、リビングへ戻った。スマートフォンを手に取る。

午前7時15分。

いつもの起床時刻だ。何も問題ない。

壁掛け時計を見る。針は7時14分59秒を指している。そして、秒針が58秒へと——逆行した。

「壊れているだけだ」

彼はそう呟いて、出勤の準備を始めた。

────────────────

会社に着くと、同僚の田中が声をかけてきた。

「おはよう。昨日の続き、よろしく」

昨日の続き?

彼は一瞬、何のことか分からなかった。だが、すぐに思い出す。昨日、田中に頼まれた資料作成。まだ途中だった。

「ああ、分かった。午前中に仕上げる」

「助かるよ。じゃあ、また後で」

田中は去っていった。

彼はデスクに座り、パソコンを起動する。メールをチェックする。

受信トレイの一番上に、田中からのメール。

件名:「資料、ありがとう」

本文:「先ほどは資料作成ありがとうございました。確認しましたが、問題ありませんでした。」

送信時刻:午前9時32分。

……9時32分?

今は午前8時50分だ。未来からのメールが届いている。

いや、違う。これは昨日のメールの続きか? それとも——

彼は資料ファイルを開いた。

完成していた。

昨日の夜、途中まで作っていた資料が、完全に仕上がっている。最終更新日時は、今朝の午前9時15分。

まだ来ていない時刻だ。

「……おかしい」

彼は時計を見た。パソコンの右下に表示されている時刻は、午前8時51分。秒針が——逆に進んでいる。

8時51分00秒。

8時50分59秒。

8時50分58秒。

時間が、戻っている。

────────────────

彼は席を立ち、トイレに駆け込んだ。

個室に入り、スマートフォンを取り出す。時刻表示を見る。

午前8時52分。

ホッとする。正常だ。時間は正しく進んでいる。

だが、次の瞬間、彼は気づいた。

秒数が減っている。

8時52分30秒。

8時52分29秒。

8時52分28秒。

「違う、違う、違う——」

彼は壁を叩いた。冷たいタイルの感触が、現実を思い出させる。

深呼吸をする。

「落ち着け。時計が壊れているだけだ。スマホも、パソコンも、全部故障しているだけだ」

だが、全ての時計が同時に故障するだろうか? しかも、全て同じように逆回転するだろうか?

彼はトイレから出て、給湯室へ向かった。壁掛け時計を確認する。

午前8時49分。

さっきパソコンで見た時刻より、戻っている。

そして、秒針は——逆回転している。

彼は給湯室を出て、廊下を歩いた。すれ違う同僚たちは、いつもと変わらない。笑顔で挨拶をする。何も気づいていない様子だ。

「おはよう」

彼も挨拶を返す。だが、その同僚の腕時計の秒針が、逆に回っているのが見えた。

彼はデスクに戻った。

田中が近づいてくる。

「資料、さっき見たよ。完璧だった。ありがとう」

「……え?」

「さっき送ってくれた資料。問題なかったから、もう部長に提出したよ」

「いつ送った?」

「9時15分だよ。メール、届いてないの?」

彼はパソコンの時刻を見る。

午前8時47分。

9時15分は、まだ来ていない。

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昼休み、彼は外に出た。

街を歩く。人々は普段通りに生活している。誰も何も気づいていない。

だが、彼には見える。

駅の時計が逆回転している。

信号機のカウントダウンが、増えている。

スーパーのタイムセール表示が、終了時刻から遠ざかっている。

「なぜ、誰も気づかないんだ?」

彼はベンチに座り、頭を抱えた。

ふと、隣に座っていた老人が話しかけてきた。

「どうしたんだね、若いの。何か困っているようだが」

「……時間が、おかしいんです」

「時間?」

「逆に進んでいるんです。時計が、全部」

老人は彼の顔をじっと見た。そして、静かに言った。

「ああ、君にも見えるようになったのか」

「……え?」

「時間は、最初から逆に進んでいたんだよ。ただ、ほとんどの人間は気づかない。気づいた者だけが、見えるんだ」

「何を言っているんですか」

「君は今朝、何時に起きた?」

「7時15分です」

「そうか。では、昨日は?」

彼は記憶を辿る。昨日の朝は——

「……7時16分、だったと思います」

「そうだろう。明日は7時14分に起きる。そして明後日は7時13分。どんどん遡っていくんだ」

「そんな、馬鹿な——」

「君の記憶を思い出してごらん。昨日より今日の方が、若くないかい?」

彼は鏡で見た自分の顔を思い出す。

何かが違うと感じた、あの違和感。

「年を取るというのは、時間が進むということだ。だが、時間が逆に進むなら——」

老人は立ち上がった。

「君は、若返っていくんだよ。いずれ、昨日に戻る。そして一昨日に。一年前に。十年前に」

「それじゃあ、僕は——」

「消える。生まれる前まで遡ったら、ね」

老人は去っていった。

彼は呆然と、老人の背中を見送った。

────────────────

夕方、彼は家に帰った。

時計を見る。午後6時30分。

いや、違う。秒針が逆回転しているなら、これは「午後6時30分に向かっている」のではない。「午後6時30分から遠ざかっている」のだ。

スマートフォンを見る。

午後6時29分59秒。

58秒。

57秒。

時間は、確かに戻っている。

彼はリビングの時計を見た。

7時14分59秒。

今朝、起きたときの時刻だ。

そして、秒針が58秒を指す。

彼は気づいた。

一日が、巻き戻っている。

明日の朝、彼が目覚めるとき、時計は昨日の朝の時刻を示すだろう。

そして、その次の日は——

彼は震える手で、カレンダーを見た。

今日の日付に、×印がついている。

だが、その×印は——消えかけていた。

まるで、「今日」という日が、なかったことにされようとしているかのように。

────────────────

深夜、彼はベッドに横たわっていた。

眠れなかった。

時計の音が、耳から離れない。

カチ、カチ、カチ。

逆回転する秒針の音。

彼は思い出す。

昨日の朝、目覚めたときの感覚。

何かが違うと思った、あの違和感。

それは——自分が、昨日より若くなっていたからだ。

ほんの少し。気づかない程度に。

だが、確実に。

老人の言葉が蘇る。

「生まれる前まで遡ったら、消える」

彼は計算した。

今、彼は32歳だ。

一日に一秒ずつ遡るとすれば——

いや、そうではない。一日が丸ごと巻き戻っているなら——

彼は絶望した。

計算する意味などなかった。

なぜなら、彼が今考えているこの思考も、明日には「なかったこと」になるのだから。

明日の朝、彼は今日のことを覚えていない。

明後日の朝、彼は昨日のことも覚えていない。

どんどん記憶が失われていく。

そして最後には——

────────────────

翌朝、目が覚めると、部屋の時計が止まっていた。

いや、止まっているわけではない。秒針は動いている。ただ、動く方向が——

「……あれ?」

彼は首を傾げた。

なぜ自分はこんなことを考えているんだろう。

時計が逆回転? そんなわけない。

彼は時計を見た。

確かに秒針は、正しい方向に進んでいる。

「気のせいか」

彼はベッドから起き上がった。

鏡を見る。

いつもと変わらない顔。

いや——ほんの少しだけ、若く見える気がした。

────────────────

記録を終えると、私は一本目の蝋燭を消した。

彼のその後を、私は知らない。

だが、もし彼の話が本当なら——彼はもう、この記録を読むことはできないだろう。

なぜなら、彼は「この記録が書かれる前」まで遡ってしまったのだから。

残りは九十九本。

私は次の違和感を、待つことにした。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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