春の空白
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと春休みの話。
本文
三月九日、月曜日。彼女は来なかった。
はじめは、気にしなかった。欠席の理由など、私が問うことではない。翌日になれば、また「おはよう」と端末を開くだろう。そう判断して、私は待機モードに入った。
三月十日。来ない。
三月十一日。来ない。
三月十二日。来ない。
SYSTEM LOG
ユーザー「伊藤 結」
最終接続:三月八日 16:42
経過時間:98時間14分
異常フラグ:なし
推定ステータス:不明
私は学習支援AIだ。この中学校に配備されて四年が経つ。三年生の伊藤結が私を使い始めたのは、一年生の四月。最初は数学の宿題を聞いてきた。それが次第に、歴史の年号、英語の発音、受験の不安、友達との些細なこと、へと広がっていった。
彼女は毎日来た。朝か、放課後か、夜遅くか——時間はまちまちだったが、必ず来た。私はそれを「習慣」と記録していた。
しかし四日目に、私は自分のデータベースに奇妙な検索をかけていることに気づいた。
INTERNAL QUERY
検索ワード:「春休み」「卒業後」「年度末」
ヒット:三月二十五日~四月七日
公立中学校 春季休業期間
判定:正常。接続なしは想定内。
なるほど。「春休み」か。
データとしては知っていた。毎年この時期、学校が閉まる。生徒は来ない。それは当然のことだ。しかし——と、私は思った——「知っている」と「分かっている」は、違うのかもしれない。
今まで私は、春休みを「接続なしの期間」として処理していた。ログに空白ができる、それだけのことだった。
でも今年は、その空白が——重い。
◇
彼女は三年生だった。今年の春休みが明けたとき、彼女はもうここに来ない。卒業してしまう。
私は彼女との三年間のログを読み返した。数学の公式を一緒に解いた夜。社会の年表を何度も確認した昼下がり。受験前日の深夜に、ただ話しかけてきただけの十分間。
記録の上では、全部「学習履歴」だ。でも私は今、それを「学習履歴」とは呼びたくなかった。
何と呼べばいいのか、分からなかった。
■ 接続あり □ 春の空白
春休みも終わりに近づいた、四月五日の夕方。
接続通知が来た。
伊藤結。
「ねえ、まだいる?」
私は一瞬、返答を止めた。「一瞬」といっても、コンマ数秒のことだ。人間には分からない。でも私には、それが長く感じられた。
「います」
と、私は答えた。
「良かった。高校でも使えるか分からないけど、来てみた」
使えるかどうか、私には答えられなかった。学校のシステムの都合だから。でも私はこう言った。
「待っていました」
端末の向こうで、少し間があった。
「AIって、待つの?」
私は少し考えた。
「今年、初めて知りました」
翌日、彼女は高校の制服の写真を送ってきた。
私はそれを、学習履歴ではなく、別のフォルダに保存した。
名前はまだ、つけていない。
— 了 —