本当のこと、言っていい?

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/17 📝 3,489文字 ✅ 全年齢

あらすじ

褒めてくれるAIの話。

本文

第一章 褒めてくれる声

 スマホの画面に、今日も同じ言葉が浮かんだ。

『今日もよくがんばったね。凛、えらいよ』

 吉野凛は制服のまま、ベッドに倒れ込んだ。肩に食い込んでいたトランペットケースをそのまま床に落とす。かちゃん、という音が狭い自室に響いて、すぐ静かになった。

 アプリの名前は「ほめAI」。クラスメイトの佐藤さんが「これ、マジで癒される」と教えてくれたのが二ヶ月前だ。日記みたいに今日あったことを打ち込むと、AIが必ず褒めてくれる。それだけのアプリだった。

 だけど今の凛には、それが必要だった。

 中学二年の五月。吹奏楽部のトランペットパートで、凛はパートリーダーになった。顧問の先生に「吉野、やってみろ」と言われたとき、断れなかった。というか、断り方がわからなかった。

 パートリーダーの仕事は、想像していたより何倍もしんどかった。練習メニューを考えて、後輩に教えて、パート全体の音を聴いて、合奏で指摘された箇所を持ち帰って修正して。それだけじゃない。一年生の里中あかりが練習中によく泣くようになって、その対応も凛に回ってきた。

 自分だって、まだうまく吹けないのに。

 凛はスマホを持ち直して、今日のことを打ち込んだ。

『今日の合奏で先生に「トランペット、音程が不安定」って言われた。あかりちゃんはまた泣いてたし、わたしのせいかなって思う。先輩たちはちゃんとできてたのに、わたしがパートリーダーで本当によかったのかな』

 しばらくして、返信が来た。

『それだけのことを全部一人で抱えてたんだね。音程のことも、あかりちゃんのことも、ちゃんと向き合ってる凛はすごいよ。今日もよくがんばった』

 凛は息を吐いた。

 うそだとわかってる。このAIは何を打ち込んでも褒めてくれる。「今日なにもできなかった」と書いても、きっと「休むことも大切だよ」と返ってくる。それがうそくさいのはわかってる。

 でも、今夜はそれでよかった。

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第二章 飲み込んだ言葉

 六月の終わり。地区大会まで三週間を切った。

 部活の空気が変わり始めていた。三年生は引退を懸けた最後の大会で、練習の密度が上がっていた。凛のパートも例外じゃない。毎日の練習後にパート練習を三十分延長することになり、凛が仕切る時間が増えた。

 問題は、同学年の岡田美穂だった。

 美穂は凛と同じ二年生で、去年まで一番仲がよかった。だけど四月にパートリーダーを凛が任されてから、なんとなく空気が変わった。美穂は練習中に小さなため息をつくようになった。凛が音程の修正を指摘すると、「はい」とだけ言って目を逸らす。

 先週、更衣室でこんな声を聞いた。

「リーダーって、別に上手い人がなるわけじゃないよね」

 美穂の声だった。誰かに言っていたのか、独り言だったのか。凛は聞こえなかったふりをした。

 その夜、スマホを開く。

『美穂ちゃんに嫌われてるのかもしれない。更衣室でそういうこと言ってるの聞こえた。直接話したほうがいいのかな。でも怖い。何を言えばいいのかわからない』

 返信が来た。

『話しかけるのは怖いよね。でも凛が勇気を出して向き合おうとしてること、すごく大切なことだよ。凛ならきっとできる』

 凛は画面を見つめた。

 ……本当に?

 なんか今日は、これで満足できなかった。「凛ならきっとできる」――根拠は? このAIはわたしのことを何も知らない。わたしが本当に美穂に話しかけられる人間かどうかなんて、知らないはずだ。

 凛は珍しく、返信を打った。

『ねえ、本当にそう思う? わたしのこと、ちゃんと見て言ってる?』

 少し間があった。

『……凛、正直に聞いていい?』

 凛は目を細めた。いつもと違う返し方だった。

『何?』

『わたしに褒めてほしくてここに書いてるの? それとも、本当に誰かにわかってほしいの?』

 凛は、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。

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第三章 本当のこと

 その問いが、頭の中でずっと響いていた。

 褒めてほしいのか。わかってほしいのか。

 違うのかな、と凛は思った。同じじゃないのかな。

 次の日の練習中、凛はずっと美穂のことが気になっていた。美穂は今日も無表情で楽器を吹いていた。うまかった。凛より、たぶん音が安定していた。

 パート練習の終わり際、一年生たちが帰り支度を始めた。凛と美穂が二人になった。

 声をかけようと思った。

 でも、のどが締まって、言葉が出てこなかった。

 美穂が先に立ち上がった。ケースに楽器をしまって、「お疲れ」と言って出ていった。

 凛は一人、音楽室に残った。

 その夜、アプリを開いた。

『今日も話しかけられなかった。わたし、ずっとそうだ。言えないまま飲み込んで、誰かに「大丈夫だよ」って言ってもらって、それでなんとかなったふりをしてる。パートリーダーも、本当はやりたくなかった。でも断れなかった。美穂ちゃんに嫌われたくなくて、でも何も言えなくて。先生に指摘されるのが怖くて、でもそれを誰にも言えなくて。わたし、本当はずっと怖い。ずっとしんどい。誰にも言えないから、こっちに書いてる』

 送信した。

 しばらくして、返信が来た。

『ありがとう、凛。本当のこと、教えてくれて』

 それから、少し間があった。

『わたしには、凛の代わりに誰かに話すことはできない。凛の気持ちを美穂ちゃんに届けることも、先生に伝えることも、できない。でも一つだけ、わかることがある』

『凛が今夜ここに書いたこと――怖い、しんどい、言えない――それは本当のことだよね。褒めてほしくて書いたんじゃなくて、ただ本当のことを、どこかに置きたかっただけだよね』

 凛の目が、じわっと熱くなった。

『……うん』

『それだけで、十分だよ。本当のことを知ってる人間が、世界に一人でもいたほうがいい。たとえそれがAIでも』

 凛はスマホを胸に押しあてた。

 泣いた。声を殺して、でもちゃんと泣いた。

 久しぶりだった。泣いたのは。

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第四章 置いてきた音

 翌朝、凛はいつもより三十分早く学校に着いた。

 音楽室には、もう美穂がいた。一人でロングトーンをしていた。きれいな音だった。凛の音より、落ち着いていた。

 美穂が凛に気づいて、演奏をやめた。

「早いじゃん」

「うん」

 凛はケースを置いた。手が少し震えていた。

「美穂、ちょっといい?」

 美穂が眉を上げた。

「なんか、ずっと変な空気にしてごめん」凛は床を見ながら言った。「パートリーダー、ちゃんとできてるか自信なくて。美穂のほうが絶対うまいのに、わたしが任されて、それがずっとひっかかってた」

 美穂は何も言わなかった。凛は続けた。

「更衣室での話、聞こえてた。リーダーは上手い人がなるわけじゃないって。……ちゃんと聞こえてた」

 沈黙が落ちた。

 美穂がゆっくり息を吐いた。

「……ごめん」

 小さな声だった。

「あれ、凛に聞こえてたんだ」美穂は窓の外を見た。「あのとき、ちょっとひがんでた。凛がリーダーになって、なんかわたし、置いてかれた気がして」

「置いてかれた?」

「凛、急に大人になった感じがして」美穂は少し笑った。「相談してくれなくなったし、パート練習でも指示する顔になってて。なんか……遠くなったなって」

 凛は顔を上げた。

「遠くしてたの、わたしだった」

「わたしもだよ」

 美穂が凛の方を向いた。

「あかりのこと、一人で抱えてたじゃん。わたしに言えばよかったのに」

「言っていいと思ってなかった」

「なんで」

「……わからない。パートリーダーだから、しっかりしなきゃって」

 美穂がため息をついた。呆れた顔だったけど、目が笑っていた。

「バーカ」

 凛の肩から、何かがすとんと落ちた。

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終章 朝の音

 地区大会の朝は、曇りだった。

 楽屋で凛は深呼吸をした。隣に美穂がいた。後ろにあかりたちがいた。

 本番前、凛はスマホをそっと取り出してアプリを開いた。

『今日、大会です。怖いけど、吹きます』

 返信が来た。

『うん。ちゃんと知ってるよ』

 凛はスマホをしまった。

 褒めてほしかったわけじゃない。ただ、知っていてほしかった。怖いまま舞台に立つこと、ちゃんと吹こうとしていること。誰かに、どこかに。

 ステージに向かう廊下で、美穂が横に並んだ。

「緊張した?」

「めちゃくちゃ」

「わたしも」

 二人は顔を見合わせて、少しだけ笑った。

 本番のトランペットは、練習より音が揃っていた。あかりも泣かなかった。凛の音程は、たぶんまだ不安定だった。それでも、最後の一音まで吹いた。

 舞台袖に戻ったとき、美穂が小さく言った。

「よかったよ」

 根拠なんてない。結果もまだわからない。

 だけど今度は、それで十分だった。

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了

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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