はれたらいいのに

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/18 📝 2,360文字 ✅ 全年齢

あらすじ

雨の日とAIの話。

本文

 カーテンをめくったとたん、るなはため息をついた。

 窓の外は、灰色だった。

 ぽつ、ぽつ、と雨粒がガラスをたたいている。屋根の上に、庭の植木鉢に、となりの家のポストに。どこもかしこも、雨、雨、雨。

「やだ……」

 今日は春休みで、午前中から公園で遊ぶ約束をしていた。クラスの友達の、みくちゃんとさなちゃんと三人で。ブランコに乗って、すべり台のてっぺんから遠くを見て、おやつも持っていくつもりだった。

 るなはリビングのソファにどさっと倒れこんだ。

 テーブルの上には、お母さんが置いていったタブレットがある。お母さんはパートで朝から出かけていた。「退屈だったらアルくんと話してみて」と言い残して。

 アルくん、というのは、タブレットに入っているAIのことだ。るなが「アル」という名前をつけた。どんなことでもやさしく答えてくれる。でも今日みたいな気分のときに話しかけるようなものじゃない、とるなは思っていた。

 でも、他にすることもない。

 るなはしぶしぶタブレットを手に取って、アプリを開いた。

「アルくん、暇」

『あれ、今日は公園に行くんじゃなかったっけ?』

「雨だもん」

『それは残念だったね。気持ちはわかるよ』

「どうせアルくんには関係ないじゃん。雨でも濡れないもんね」

 少しいじわるな言い方だと自分でも思った。でも、アルくんは怒らなかった。

『そうだね、私は濡れない。でも、るなちゃんが悲しいのはちゃんとわかるよ』

 るなはタブレットを持ったまま窓のそばに移動した。ガラスに額をくっつけて、雨を見る。

「つまんない」

『ねえ、一個聞いていい?』

「なに」

『雨の日にしかできないこと、何かあると思う?』

 るなは少し考えた。

「……傘させること?」

『それも正解。他には?』

「長靴はける。水たまりをジャンプできる」

『いいね。外に出なくてもできることもあるかな』

 るなはガラスに張りついた雨粒を目で追った。たくさんの雨粒が、それぞれ好き勝手に流れていく。

「……雨粒、見てる」

『それ、今やってるんじゃない?』

 るなはちょっとだけ笑った。

「そっか、そうだね」

『ねえ、窓に雨粒がいくつかくっついてるでしょ。どれが一番先に下まで落ちると思う?』

 るなは顔を近づけた。ガラスの表面にいくつもの雨粒が止まっている。大きいの、小さいの、ふたつがくっついてなんとなくハート形になってるの。

「じゃあ……あの、右のほうの、大きいやつ」

『私は真ん中の小さいやつかな』

「え、アルくんって見えるの?」

『見えないよ。だから予想。さあ、どっちが勝つかな』

 るなはじっと窓を見つめた。雨粒たちはしばらくぶるぶると震えていたが、やがてるなの選んだ大きな雨粒が、すうっと流れ落ちた。

「わたしのが勝った!」

『ほんとだ。負けちゃった』

「もう一回やろ」

 それから二人は何度も雨粒レースをした。るなが五回、アルくんが三回勝った。

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 しばらくして、るなは窓から離れてソファに戻った。

「ねえアルくん、雨ってなんか匂いするよね」

『するする。あれ、好き?』

「好き。なんかほっとする匂い。でも何の匂いかわからない」

『あの匂いにはね、ちゃんと名前があるんだよ』

「え、あるの?」

『ペトリコール、っていうんだ。雨が地面に落ちたとき、土の中にいるバクテリアが出すにおいなんだって』

「バクテリア……ってなに」

『すごくすごく小さな生き物。目には見えないくらい。でもその子たちのおかげで、雨の日のあの匂いができてるんだよ』

 るなはふうん、と声に出した。

「ペトリコール」

 声に出してみると、なんだかふしぎな言葉だった。外国のお菓子の名前みたいで、ちょっとおいしそうな気もした。

「ペトリコール、かあ。知らなかった」

『雨の日じゃなかったら、今日これを知ることもなかったかもね』

 るなはそれを聞いて、少しだけ黙った。

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 昼を過ぎたころ、るなはタブレットを持ってきて台所のテーブルに座った。

「アルくん、なんか一緒にできることない?」

『折り紙はある?』

「あると思う」

『雨の日、紙で傘を折ってみたことある?』

「ない」

『難しいけど、すごくかわいいよ。作ってみる?』

 るなは引き出しを探して折り紙を引っぱり出した。水色と、黄色と、花柄のやつ。アルくんの説明を聞きながら、ゆっくり折っていく。

 最初はうまくいかなかった。傘の骨のところがどうしてもきれいに広がらなくて、三回つくりなおした。

「むずかし……」

『もう少しだよ。そこの折り目、反対に折ってみて』

 るながそっと折り返すと、ぱっと傘の形が開いた。

「できた!」

『やった! 見せて、かわいい?』

「めちゃくちゃかわいい。黄色にすればよかった」

『じゃあ次は黄色で作ろう』

 るなは黄色の折り紙を手に取って、また最初から折り始めた。今度は少し早くできた。

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 夕方近くなったころ、窓の外が明るくなった。

 るなが気づいてカーテンをめくると、雲の切れ間から光が差していた。雨は、いつの間にかやんでいた。

 濡れた地面が光を反射してきらきらしている。軒先の雫が、一粒ずつ落ちていく。

 るなはしばらくそれを見ていた。

 公園に行けたらよかった。それはほんとうに、そう思う。みくちゃんとさなちゃんとブランコに乗りたかった。

 でも。

 ペトリコール、という言葉を知った。雨粒レースをした。折り紙の傘を二個作った。

 るなはタブレットに向かった。

「アルくん、雨やんだよ」

『ほんとだ。よかったね』

「うん」

 るなは少し考えてから、続けた。

「……また雨降ったら、話しかけるね」

『待ってるよ』

 るなはタブレットをソファに置いて、上着を手に取った。外はまだ少し湿っていて、ひんやりした空気がした。

 雨上がりの匂いがする。

 ペトリコール、とるなは心の中でもう一度つぶやいた。なんだか、自分だけの言葉になった気がした。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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