valoro~かなしいことり~呪術廻戦 百鬼夜行前日譚
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
夏油が百鬼夜行にいたたった理由。 大義と、因果。 そんなお話。
本文
……オカア……さん……と辿々しく発せられた、呪霊の声。
雨のように鳴り響く音。
――――クラップ音。
拍手。
少女の亡骸を祀り、
あろうことか、笑顔で拍手を送り続ける、猿ども。
少女の亡骸を抱え、目覚めた青い瞳の白いケモノ。
音。
青。
白。
思考の全てが虚ろになった、あの日…
――――夢だな、これは。
夢――――
倒れる様にベッドに入って、意識を飛ばしたつもりだったが、また朝まで眠れていない。
それにしても、何故この場所なのだろう――――?
渇いた大地の所々に、申し訳程度の緑。
これは、サバンナ?
別段行ってみたいとも思ったことも、興味もないのに。
夢とは不思議なものだ。
目覚めれば良いことは百も承知だけれど。
けれど。
目覚めた処で、半端な時間であることだけは間違いなくて。
空想の乾いた風は、しばらく感じていなかったくらい心地よくて。
悪くない居心地なら、ここに逗まるのも一興。
――――所詮、夢だし。
お誂え向きに、都合よく座れと岩が現れている。
如渡得船。
岩に腰を掛け、腕を伸ばし伸びをする。
伸ばした手の、指の隙間から覗く空は、乾いたサバンナのものとは違う、あの時の澄んだ沖縄のものが広がっている。
たった1日で、大きく壊れたあの日の、前日。
あの日に、心を置いてきたとでもいうのだろうか。
……なんて、詩的な考えに頬が引き攣る。
心って。
失笑しながら、空から地面へ視線を下ろすと、岩というより卵だが、卵と云うには岩な、そんな物体が忽然と現れている。
駝鳥の卵はでかいと聞いてはいるが、こんなにもか?と思うほどにでかい。
わたしの膝ほどの高さで、一抱えはありそうだ。
その物体からコツコツと小さな音がしていて、時折揺れている。
――――卵なのか?
確実に内部から破壊され罅の入る音を、不思議と嫌悪や脅威は沸かず、ただ何が出てくるものか眺めてみる。
わたしの夢だし、どうとでもなる。
わたしは夢で一体何を望んでいるのか。
そうして、中から現れたのは真っ白い物体。
駝鳥の雛に関しての知識はないが、こんなにもでかく、ましてや白いものなのだろうか。
その上、
凝視してくる瞳は、青。
何もかも高みから見透かしていて、平然と困難なことをしてのける。
知ってる――――否が応でも悟を彷彿とさせる青い瞳。
そのくせ、わたしの腕に収まりそうな小さな……悟。
惹き寄せられる様に鳥に近づき、
当たり前の様に腕の中に収める。
そいつは、腕の中で暴れもせず、それどころか安堵したかのように、わたしの胸に頭をもたれてくる。
-と、右腕に現実の重さがかかる。
また…か。
腕の中の鳥の、羽毛に顔を埋めてみる。
産まれたばかりの筈なのに、乾いている羽根が軟らかい。
全くもって、ご都合主義だ。
ふわふわした白い毛が、わたしの鼻を擽る。
――
見上げてくる青い瞳。
青い瞳を見下ろすと云うのは、存外、奇妙な感じする。
いつもは、
いつもは殆んど変わらない青い目線が、
ほんの数センチ下がっただけで、
こんなにも…愛らしいとさえ感じてしまう。
悟に?いや、この鳥だ。
と、
背中に衝撃が走り、その勢いで腕の中から解れた鳥は羽ばたいた。
振り向いて、ぶつかってきたそれに目をやれば、またしても、鳥。
さっきまで腕の中にあったやつと、同じくらいの大きさの黒い鳥。
――――
まるで鏡でも見ているかのような既視感。
この鳥はわたしとでも言うのか?
その鳥は、飛翔にはまるで向いていないだろう短い羽根を、目一杯威嚇のように広げて、弁慶の如く立ちはだかっている。
白い鳥は、我関せずの素知らぬ顔で、そこかしこを走り回っている。
本当に悟みたいだ。
いつだって飛び回って、わたしの事も置いていこうとしている。
――――「もう、あの人だけでいいんじゃないですか」
仲間を失った七海の絞り出すような声が反芻する。
一人で立ち向かえるモノではない筈なのに、一人で立ち向かってしまえる悟。
自分たちとは別格だということだけを見せ付けられ続けている。
置いてけぼりの、黒い鳥……自由気儘な、白い鳥。
かつん
この場には不似合いな機械音が聞こえる。
目覚まし代わりのラジカセの電源の入る音。
じぃーと、CDの動く音が届く。
朝か。
いつの間にか戻ってきていた白い鳥は、黒い鳥と寄り添いくるくると回りだす。
鳥たちの奇妙な動きから目を離せないまま、現実の左手はリモコンを捜す。
くるくる
くるくる。
軈て首を絡めあって
独楽のように回っている。
左手が、リモコンを探し当てる。
白と黒の二羽の鳥は、静かに動きを止め陰陽の太極図のように円く収まる。
これが、わたしの望んでいることなのか?
一音目が鳴る前に、CDを停める。
ゆっくりと目を開けると、右腕には白いケモノ。
紫立ちたる陽が輪郭を縁取り、人形のような顔を際立たせる。
鳥の方が、よっぽど可愛げがあるな。
何より、柔らかいし。
わたしの右腕を枕にして、涎を垂らして熟睡している顔に、呆然とする。
ふわふわとした髪の毛が顔に当たる。
見慣れているはずの青い瞳が、今は長い睫毛で塞がれて、わたしを見ない。
それにしても、……なぜ、いつも寝床にいるのだろう?
部屋に入って来ようとも、部屋で何をしようとも構いやしないけれど。
寝床に入って来るのはまだしも、なぜこんなにも、わたしに身を預けるように寄せてくるのだろう。
綺麗なくせに、妙に寝穢いその頭を静かに枕へと移す。
あれから、容赦なく入ってくる任務に困憊しているのだろうか。
……困憊?……するのか?悟が?
目の下が薄っすらと黒く見えるのは、睫毛が落とす影ではなくて、せめて困憊位していて欲しい、と思うのは歪んだ願望だろうか。
――――
同じ速さで、同じ歩幅で、同じ方向を見ていた筈なのに、平気で空を駆け初められては追い付くどころの話じゃない。
元々の器の違い。
そうだろう。
それでも、親友という言葉で縛り付けた。
追い付けないなんて、
並べないなんて、
思いたくなかった。
「呪霊の生まれない世界」
槍で刺されたように、頭の中に閃く。
そんなものがあるのなら、悟は自由になれるのだろうか――?
非術師のいない世界であれば、悟はこんな気絶するように眠らなくても…気を張らずに休むことができるのではないか?
無謀にも思えるが、悟なら充分にその力がある。
術師だけの世界――――?
追い付くことも、
並ぶことも出来ないのならば、
足元から世界ごと変えてしまえばいい。
線を、引いてしまえばいい。
まあるくなった、二羽の鳥。
白と黒。
光と影。
……わたしが、解放してやろうか?
なんて、解ってる。
本当は、ただ対等でありたいだけ。
本当は、ただ一緒にいたいだけ。
笑って、
巫山戯て
莫迦やって、
術師だけの世界なんてあったら――?
なんて、解ってるさ。
そうなれば、親友がわたしを莫迦げた世界から、殺してでも引き摺ってくれること。
君はわたしを見付けてくれるだろうか?
君はわたしを探してくれるのだろうか?
わたしの莫迦げた妄想を、君は笑うだろうか?
それとも、激怒して叱責するだろうか?
わたしは、そのどちらでも君に従おう。
目覚める様子も見せない悟をそのままにして、支度して部屋を出る。
「…………」
呪いの言葉を吐き捨てて、
なけなしの善意は、君に捧げよう。
いつか君は、
ーーーー酷く綺麗で、
酷く残酷な仇花を私に突きつけるだろう。
そんなことは構いやしない。
それでいい。
私に巣くう白い青の限り。
……さて、何から始めようか。
────この日、夏油傑。
村人112名を殺害、逃走により、処刑対象となる。