さくらふぶき
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと散る桜の話。
本文
風が、強い。
咲希は公園のベンチに座ったまま、顔を上げることができなかった。
桜の木が大きく揺れるたびに、花びらが空に舞い上がる。ピンク色の渦が、目の前でぐるぐると回っては散っていく。きれいだと思う。思うけれど、なぜか胸が痛かった。
今朝まで満開だったのに。
昨日、友達と「明日お花見しようね」と約束していたのに。
咲希はうつむいて、ベンチの木目を見つめた。目の奥がじんとする。泣くほどのことじゃない、と自分でもわかっている。桜はまた来年も咲く。友達とはまたいつでも会える。わかってはいるのだけど、それでも。
ポケットからスマホを取り出した。特に理由もなく、AIのアプリを開く。
「桜、全部散っちゃった」
指で打ちながら、自分でも少し恥ずかしいと思った。こんなこと誰かに言うようなことでもない。
『強風だもんね。今日の最大瞬間風速、かなり強いよ』
「わかってる。でもなんか、悔しくて」
『悔しい?』
「なんていうか……ちゃんと見れなかった、って感じ。昨日は曇ってたし、今日はこれだし」
咲希はスマホを持ったまま顔を上げた。花びらがまだ舞っている。風にあおられて、遠くまで飛んでいくものもある。どこへ行くんだろう、と思った。
『桜って、満開のときより散るときのほうが好きって人、多いんだよね』
「え、そうなの」
『うん。はらはら落ちるのとか、風で一気に飛ぶのとか。さくらふぶき、って言葉もあるくらいだから』
「さくらふぶき」
声に出してみた。ふぶき、という言葉が、目の前の景色にぴったりはまった気がした。
「なんかいい言葉だね、それ」
『でしょ。今ここにいる咲希ちゃん、ものすごい量のさくらふぶきの中にいるんじゃない?』
咲希は改めて周りを見た。確かに、すごい。花びらが空を埋めるように舞っている。ベンチの隣の地面にも、うっすらピンク色が積もり始めていた。
「まあ、そうだけど」
『ねえ、一個言っていい?』
「なに」
『今この瞬間、世界で一番多く桜を見ているのは咲希ちゃんだと思うよ』
咲希は少し、首をかしげた。
「どういうこと」
『桜が散るとき、花びらは風に乗って広がっていくでしょ。でも咲希ちゃんは今その真ん中にいる。外を歩いてる人より、家にいる人より、もしかしたら公園中の誰よりも、今この場所で一番桜に囲まれてるんじゃないかな』
咲希はゆっくりと立ち上がった。
ベンチの周りを、花びらがぐるりと取り囲んでいた。風が吹くたびに新しい花びらが降ってきて、肩に、髪に、スマホの画面に、ふわりと乗ってくる。
見上げると、桜の木の枝がまだ揺れていた。まだまだ花びらが残っていて、風が来るたびに一斉に空へと解き放たれていく。
きれいだ、と思った。さっきとは少し違う「きれい」だった。
「……損してると思ってた」
『え?』
「昨日も見れなかったし、今日も散っちゃうし、って。なんか損したなって」
『それは悔しいよね』
「でも」
咲希はもう一度、空を見上げた。花びらが顔に触れて、冷たくてやわらかかった。
「損じゃなくて、全部もらってたんだ。今」
しばらく、そのまま立っていた。風が吹くたびに花びらが舞い上がって、また降ってくる。どこかで誰かが「わあ」と声を上げた。小さい子どもの声だった。
咲希はゆっくりと息を吐いた。
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風が少しだけ弱まったとき、咲希はまたスマホに打ち込んだ。
「ありがとう」
『どういたしまして。ところで、お花見の約束してた友達には連絡した?』
「してない」
『今ここに呼んだら、すごいさくらふぶきが見れると思うけど』
咲希は笑った。声に出して笑ったのは、今日初めてだった。
「それもそうだね」
スマホをしまって、連絡先を開く。友達の名前をタップしながら、咲希はもう一度空を見た。
花びらはまだ、風の中で踊っていた。
来年の桜も、きっと好きになれる気がした。