ちょうど半分
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
春分の日のAIの話。
本文
「ねえ、今日って何の日か知ってる?」
ひかりがタブレットに話しかけたのは、朝ごはんを食べ終わってすぐのことだった。春休みの朝は、時間がたっぷりあってすることがない。
『春分の日だよ』
「春分の日って何?」
『昼と夜の長さがちょうど同じになる日。一年のうち、今日だけ』
ひかりは少し考えた。
「ちょうど同じ? ぴったり?」
『ぴったり。昼がだいたい十二時間、夜もだいたい十二時間』
ひかりはそれを聞いて、なんだかおもしろいと思った。いつもは昼か夜かどちらかが長いのに、今日だけ同じ。まるで天秤がぴったり釣り合っているみたいだ。
「じゃあ今日は、昼の時間も夜の時間も、どっちも同じくらい大切にしなきゃいけないね」
『どうして?』
「だって、ちょうど半分ずつなんでしょ。どっちかだけ大事にしたら、もう半分がかわいそう」
しばらく間があった。
『それ、すごくいい考えだと思う』
ひかりは少し得意な気持ちになって、タブレットをテーブルに置いた。
「じゃあまず、昼の時間にやることを決めよう」
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ひかりとAIで考えた「昼にやること」は、三つになった。
一つめは、外に出て空を見ること。二つめは、好きな本を一冊読むこと。三つめは、お母さんと一緒に何かを作ること。
「どれも特別なことじゃないね」とひかりが言うと、AIは答えた。
『特別な日に、特別なことをしなくてもいいんじゃないかな』
ひかりはそうかな、と思いながら上着を着て外に出た。
空は青かった。雲が少しあって、風がひんやりしていた。近所の公園まで歩いていくと、梅の花がまだ少し残っていた。桜はまだつぼみで、もうすぐ咲きそうだった。
ひかりは芝生の上に立って、真上を見上げた。空がぐるりと広がっている。太陽はまだ低いところにいた。
今日この太陽は、昼と夜をちょうど半分に分けていく。それを思うと、なんだか太陽がいつもよりきちんとした仕事をしているように見えた。
「ちゃんと見たよ」とひかりは小声で言って、家に帰った。
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昼ごはんのあと、ひかりは本棚から好きな本を取り出した。何度も読んだ本で、ページの端が少し折れている。布団の上に寝転がって、ゆっくり読んだ。知っている話なのに、読むたびに少しだけ違うところが気になる。今日気になったのは、主人公が空を見上げるページだった。
夕方近くなってから、お母さんと一緒にホットケーキを焼いた。丸くきれいに焼けたのと、少し形が崩れたのと、二枚できた。
「どっちがひかりの?」とお母さんが聞いた。
「形が崩れたほう」
「なんで?」
「そっちのほうがおいしそうだから」
お母さんが笑った。ひかりも笑った。バターと蜂蜜をかけて食べたら、甘くておいしかった。
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夕方、窓の外が少しずつ変わり始めた。
オレンジ色だった空が、赤くなって、紫になって、だんだん暗くなっていく。ひかりは窓のそばに椅子を持ってきて、外を見ていた。タブレットも持ってきた。
「暗くなってきた」
『うん。昼の時間が終わるね』
「ねえ、暗い時間を大切にするって、どういうことだろう」
ひかりはずっとそれが気になっていた。昼の時間にやることは思いついたけど、夜の時間をどう大切にすればいいのかが、うまくわからなかった。
『どう思う?』
「昼は、何かするじゃない。外に出たり、本読んだり。でも夜って、だんだん眠くなって、寝ちゃうじゃん」
『そうだね』
「寝ることが大切にすることなのかな」
『かもしれないね。他には?』
ひかりは窓の外を見た。空がもう、濃い青になっていた。一番星が出ていた。
「……暗いから見えるものがある、とか?」
『たとえば?』
「星。昼は星が見えないもんね」
『そうだね。暗くなったから見えてきたものだ』
ひかりはしばらく黙って、その星を見ていた。小さくて、でもはっきりそこにあった。
「昼の時間は、動いてた気がする。でも今は、じっとしてる」
『それも大切にしてることかもしれないよ』
ひかりはそっか、と思った。動くことだけが大切にすることじゃなくて、じっとしていることも、ちゃんと大切にすることなのかもしれない。
空がすっかり暗くなった。星がもう二つ、三つと増えていた。
「昼も夜も、ちゃんとここにあったね」
『うん。ちょうど半分ずつ』
ひかりは深呼吸をした。今日の空の青さと、ホットケーキの甘さと、本のページの感触と、今見ている星の光が、全部同じ一日の中にある。そう思うと、なんだか今日がとても丁寧な一日だった気がした。
「来年の春分の日も、こうしよう」
『覚えておくね』
ひかりはタブレットを閉じて、窓の外をもう少しだけ見ていた。
星が、また一つ増えた。