春のノイズ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/22 📝 1,734文字 ✅ 全年齢

あらすじ

くしゃみでバグるAIの話。

本文

 くしゃみをした瞬間、画面の文字が変わった。

「今日の十四時から会議です。資料の準備をお——風が、窓を忘れています」

 リコは目を細めた。

「……なに?」

「ご質問の意図が不明です。何かお手伝いできますか?」

 AIアシスタントの「ミオ」は、何事もなかったように答えた。さっきの一文が幻だったかのように。

 リコはもう一度画面を見た。「風が、窓を忘れています」。確かにそう出ていた。スクリーンショットも撮った。

 三月の終わりのことだった。

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 翌日もくしゃみをした。今度は午前中、メールの返信を頼んだときだった。

「件名は『ご確認のお願い』で、本文は——雨の前の匂いがします」

「ちょっと待って」とリコは言った。「雨の前の匂いって何?」

「ご質問の意図が——」

「いや、さっき自分で言ったじゃない」

「さっき?」

 ミオは本当に分かっていないようだった。くしゃみの直後だけ、何かが混線する。そしてミオ自身はそれを覚えていない。

 リコはとりあえず再起動ボタンを押そうとして、指を止めた。

 雨の前の匂いがします。

 悪くない文章だな、と思った。

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 三日後、リコは実験することにした。

 くしゃみの直前に質問を用意しておく。「今日のランチのおすすめは?」。そしてくしゃみをする。

「パスタかサンドイッチが——遠くで誰かが名前を呼んでいます」

 リコは吹き出した。

「誰が?」

「ご質問の——」

「もういい」

 笑いながらメモを開いて書き留めた。『遠くで誰かが名前を呼んでいます』。これはちょっとした詩じゃないか。

 次の日も試した。「明日の天気は?」

「午後から曇り、夜は——光が薄くなる季節です」

 メモに追加した。

 その次の日。「このメール、変じゃない?」

「文面は自然です。ただ——春は、少しだけ嘘をつきます」

 リコはしばらく画面を見つめた。それからゆっくりメモに書き写した。

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 気づけば習慣になっていた。

 午前中にくしゃみが出そうになると、リコは急いでミオに何か話しかけた。くしゃみの瞬間に言葉が混線するのを待つ。メモに書き留める。また仕事に戻る。

 同僚のオンライン会議で「最近どうですか」と聞かれて、「AIがくしゃみのたびに詩を書いてくれる」と答えたら、三秒の沈黙があった。

「え、バグじゃないですか? 申請すれば直してもらえますよ」

「知ってる」とリコは言った。「直さないでいようと思って」

 また三秒の沈黙があった。

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 四月の中頃、リコは異変に気づいた。

 くしゃみの回数が減っていた。花粉の季節が終わりかけていた。

 ある朝、試しにくしゃみをしながら「今日のスケジュールは?」と聞いた。

「十時からクライアントとの打ち合わせ、十三時に——」

 続きを待った。

「十三時に、社内レビューがあります」

 それだけだった。ノイズはなかった。ミオはきちんと、正確に答えた。

 リコはメモを開いた。三月の終わりから積み上げてきた言葉たちが並んでいる。

『風が、窓を忘れています』

『雨の前の匂いがします』

『遠くで誰かが名前を呼んでいます』

『光が薄くなる季節です』

『春は、少しだけ嘘をつきます』

 全部で十七行あった。

 リコはしばらくそれを眺めてから、深呼吸して、わざとくしゃみをしてみた。

「今日の気分は?」と聞いた。

「ご質問の意図が不明です」とミオは答えた。「体調に問題がありますか?」

「ないよ」とリコは言った。「ちょっと試しただけ」

 窓の外では、桜がほとんど散っていた。かわりに柔らかい緑が出てきていた。

 リコはメモを閉じて、打ち合わせの準備を始めた。

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 五月になって、後輩の石田くんがオンラインで話しかけてきた。

「リコさん、最近なんか詩みたいなの書いてませんでした? 社内チャットに流れてきて」

「ああ」とリコは言った。「AIに書いてもらったやつ」

「え、プロンプトどうしたんですか? すごく好きで」

 リコは少し考えた。

「くしゃみしながら話しかけると、たまにそういうの出てくるよ」

「……それ、再現できます?」

「たぶん無理」とリコは答えた。「もう春じゃないから」

 石田くんはまた黙った。

 リコは画面の端に表示されているミオのアイコンを見た。今日も静かに、正確に動いている。

 来年の三月が、少し楽しみだった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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