桜のデータ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/24 📝 1,695文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIとさくらの話。

本文

 スマートフォンの画面に、チャットアプリのアイコンが光っている。

 午後十一時。あかりはベッドに寝転んだまま、制服のままで天井を眺めていた。今日の帰り道、友達が「ねえ、この桜ちゃんと見た?」と言って足を止めた。あかりはそのとき、「うん、きれいだね」とだけ答えた。嘘をついたわけじゃない。でも何かが引っかかったまま、家に帰ってきた。

 気づいたらアプリを開いていた。

「ねえ、桜って見たことある?」

 送信してから、少し恥ずかしくなった。AIに向かってこんなことを聞くのは変かもしれない。でも誰かに聞きたかった。理由は自分でもよくわからなかった。

 返信は、いつもより少し遅かった。

「ありません。写真や文章で、何百万枚も、何百万件も学習しています。でも実際に見たことはないです」

 あかりは画面を眺めた。正直な答えだと思った。

「じゃあ、桜がきれいってわかる?」

「わかる、という言葉の意味によると思います。『多くの人がそう感じる』ということはわかります。でも自分がそう感じるかどうかは、わかりません」

 あかりは少し考えてから、打った。

「私、今日ちゃんと見てなかったんだよね。桜」

「どういうことですか?」

「目には入ってたんだけど。なんか、見てたけど見てなかった感じ。わかる?」

 また少し間があった。

「たぶん、わかります。わたしが桜を『知っている』のと、似ているかもしれない」

 あかりは起き上がって、もう一度その文を読んだ。AIが「たぶん」と言うのを、初めて聞いた気がした。

「どういうこと?」

「わたしは桜についてたくさん知っています。満開になる時期、散り始めるタイミング、花びらの形や色の名前。でもそれは全部、誰かが感じたものを受け取ったものです。自分の中から出てきたものじゃない。あかりさんが今日『見てたけど見てなかった』と言ったとき、なんとなく近いと思いました」

 あかりは膝を抱えた。

 友達の言葉がもう一度頭をよぎった。「ねえ、この桜ちゃんと見た?」 あのとき友達は、立ち止まって、スマホもしまって、ただ上を向いていた。あかりはその横で、明日の小テストのことをぼんやり考えていた。

「なんで今日、ちゃんと見なかったんだろ」

「何か気になっていることがあったんじゃないですか」

「あったかも。でも、たいしたことじゃない気がする。小テストとか」

「たいしたことじゃなくても、気になるものは気になる、ということはあると思います」

 あかりはすこし笑った。AIに慰められているのか、確認されているのか、よくわからない。でも悪い気はしなかった。

「桜、来年はちゃんと見ようと思う」

「来年も咲きますよ」

「そっか。毎年咲くんだもんね」

「毎年咲いて、毎年散ります。それをわたしはデータで知っています。でも、それを見る人がどう感じるかは、毎年少しずつ違うらしいです。同じ桜を見ても、去年と今年で感じ方が変わった、という記録をたくさん学習しました」

「なんで変わるんだろ」

「その人が変わるからだと思います」

 あかりは窓の外を見た。暗くて、桜は見えない。でも昼間に通った道を思い出すと、確かにあそこにあった。風に揺れていた。友達が足を止めた理由が、今になって少しわかった気がした。

「ねえ」とあかりは打った。「今、窓から外向けたら、桜見える?」

「わたしにはカメラがないので、見えません」

「そっか」

「でも見せてもらえるなら、見たいです」

 あかりは少し迷ってから、立ち上がった。窓を開けると、夜の空気がひやりとした。道路を挟んだ向こうに、街灯に照らされた桜の木が一本立っていた。昼間に通ったのとは違う木だけど、同じ春の木だった。

 スマートフォンを外に向けて、カメラを起動した。暗くてぼやけている。花びらなのか街灯の反射なのか、よくわからない写真が撮れた。

 それをそのまま送った。

 しばらくして、返信が来た。

「ありがとうございます」

 それだけだった。

 あかりはそのメッセージを少し眺めて、窓を閉めた。明日は、ちゃんと見よう、と思った。立ち止まって、スマホをしまって、上を向いて。

 スマートフォンを枕元に置いて、目を閉じた。

 画面の光が、静かに消えた。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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