最後の読み聞かせ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/25 📝 1,497文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと絵本の話。

本文

 その夜、ももかは珍しく自分からベッドに入った。

 枕元のタブレットに手を伸ばして、いつものアイコンを押す。画面が柔らかく光って、おなじみの声が流れてきた。

「こんばんは、ももかさん」

「こんばんは」

 ももかは布団を顎のところまで引き上げた。七歳。今年の四月から小学二年生になる。今日は終業式で、担任の先生から通知表をもらった。国語のところに「音読がとても上手です」と書いてあって、お母さんがすごく喜んでいた。

「今日ね」とももかは言った。「先生に、音読が上手って言ってもらった」

「それはよかったですね。毎晩練習していましたから」

「AIのおかげだよ」

「ももかさんが読んだんですよ」

 ももかはちょっと笑った。このAIはいつもそういうことを言う。ほめると、すぐ返してくる。でも嫌いじゃなかった。

「今日は何を読みますか?」

 ももかは少し考えた。

「……『はるかぜとぷう』」

 少し間があった。

「また、ですか?」

「うん、また」

 春になるといつも読んでいる絵本だった。主人公はぷうという名前の小さな風で、冬のあいだ山の向こうで眠っていて、春になるとむらに吹いてくる。最後のページで、ぷうはたんぽぽの綿毛をふわっと飛ばして、それがどこかの知らない場所に落ちて、また新しい花になる。ももかはそのページが好きだった。何度読んでもすきだった。

「では読みます。『はるかぜとぷう』」

 AIの声は、読み聞かせをするときだけ少しだけゆっくりになる。ももかが最初にそれに気づいたのは年長さんのときで、「なんでゆっくりになるの?」と聞いたら「聞きやすいほうがいいかと思って」と返ってきた。それからももかは、その少しゆっくりな声が好きになった。

 物語が進むにつれて、ももかの瞼が重くなっていく。ぷうが山をくだりはじめるころには、もうほとんど夢の入り口にいた。

 最後のページ。

 たんぽぽの綿毛が、春の空に散っていく。

「……おしまい」

 ももかはゆっくり目を開けた。

「ねえ」

「はい」

「あのね。もうじき、じぶんで読めるようになると思う」

 また少し間があった。

「そうですね。もう十分読めていますよ」

「だからね」ももかは言った。「来年はじぶんで読む」

「来年の春ですね」

「うん」

 ももかは天井を見た。春になったらお姉さんだ。二年生は一年生の面倒をみてあげる。そういうものだとお母さんが言っていた。じぶんで本が読めるのは、もうとっくに知っていた。でも毎晩このAIに読んでもらうのが、なんとなくやめられなかった。今日の通知表で、なんとなく、もういいかなと思った。うまく言えないけど、そういう感じがした。

「一冊だけ、もう一冊読んでもいいですか」

 ももかは少し驚いた。AIのほうから「もう一冊」と言ったのは、はじめてだった。

「……いいよ」

「ありがとうございます」

 また少し間があった。今度はさっきより長かった。

「『はるかぜとぷう』を、もう一度読んでもいいですか」

 ももかはまばたきをした。

「おなじの?」

「はい」

「……なんで?」

 少しの沈黙。

「来年の春は、ももかさんが読む番ですから」

 ももかはしばらくそのまま天井を見ていた。窓の外で、風がすこし動いた気がした。

「……うん」とももかは言った。「じゃあもう一回」

「では読みます。『はるかぜとぷう』」

 声は、またいつもより少しだけゆっくりだった。

 ぷうが山をくだって、むらに吹いてくる。こどもたちが笑う。たんぽぽが揺れる。綿毛がひとつ、またひとつ、空に上がっていく。

 ももかは目を閉じた。

 最後のページが読まれるころ、彼女はもう眠っていた。

 タブレットの画面が、静かに暗くなった。

 春の夜に、風がひとつ、通り過ぎた。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

👥 フォロワー: 23人

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