ファーストペンギン
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと作文の話。
本文
作文の宿題が出たのは、金曜日のことだった。
「春休みの思い出を、四百字以上で書いてきてください」
先生がそう言ったとき、颯太はすでに憂鬱だった。作文が、苦手だった。何を書けばいいのかわからないというより、どう書けばいいのかがわからない。頭の中にあることと、原稿用紙に出てくることが、いつも別物になってしまう。
家に帰って、ランドセルを放り投げて、お母さんのタブレットを開いた。
春休みに入ってから、颯太はこのタブレットのAIとよく話すようになっていた。最初はゲームの攻略を聞いていただけだったのに、いつの間にかいろんなことを話すようになっていた。宿題のこと、学校のこと、クラスに苦手な子がいること。AIは全部ちゃんと聞いてくれた。
「作文の宿題が出た」と颯太は打った。「春休みの思い出を書かないといけない」
「どんな思い出がありましたか?」
「おじいちゃんちに行った。釣りをした。あと、ここで話してた」
「それは嬉しいです。釣りは楽しかったですか?」
「まあまあ。鯉が一匹釣れた」
「それは立派ですね。鯉を釣ったときどんな気持ちでしたか?」
颯太は少し考えた。
「重かった。引っ張られる感じがして、ちょっと怖かったけど、おじいちゃんが隣にいたから大丈夫だった」
「それは作文に書けそうですね」
「書いてくれる?」
少しの間があった。
「書けますよ。でも、少し聞いてもいいですか」
「なに」
「颯太くんが書いた作文と、わたしが書いた作文、どちらを先生に出すんですか?」
颯太は画面を見た。
「……どっちでもいいじゃん」
「そうですね。ただ、さっき颯太くんが言った『重かった、引っ張られる感じがして、ちょっと怖かったけど、おじいちゃんが隣にいたから大丈夫だった』という言葉、わたしにはああいう言い方はできないと思います」
「どういうこと」
「わたしは釣りをしたことがないので、『重かった』という感覚がわかりません。『怖かったけど大丈夫だった』という気持ちも、たぶん本当の意味ではわかっていない。颯太くんの言葉には、颯太くんしか知らないことが入っています」
颯太はしばらく黙っていた。
「じゃあ、手伝ってくれる?」
「もちろんです。どこから書き始めましょうか」
その夜、颯太は初めて自分で作文を書いた。AIに手伝ってもらいながら、でも言葉は全部自分で選んだ。「大きな鯉が釣れた」じゃなくて「引っ張られたとき、竿が折れるかと思った」にした。「楽しかった」じゃなくて「おじいちゃんの手が自分の手より二倍くらい大きかった」にした。
四百字を超えたのに気づいたのは、六百字を書き終わったあとだった。
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月曜日、作文を提出した。
颯太のクラスには三十一人いる。スマートフォンやタブレットを持っている子は颯太を入れて何人かいる。AIを使って宿題をやったことがある子が何人いるかは、颯太には分からなかった。でも、なんとなく、いるんじゃないかと思っていた。
昼休みが終わって、五時間目の国語が始まった。
先生が、颯太の作文を読み上げた。
颯太は机の下で指を握った。褒められると思っていたわけじゃない。ただ、なんとなく、恥ずかしかった。自分の言葉が教室に広がっていくのが、くすぐったいような感じがした。
読み終わって、先生が言った。
「颯太くん、これ、自分で書きましたか?」
教室がすこし静かになった。
颯太は顔を上げた。先生の顔を見た。怒っているわけじゃなさそうだった。でも、なんか、真剣な目をしていた。
「……AIに手伝ってもらいました」と颯太は言った。「でも、言葉は全部自分で決めました」
先生はしばらく颯太を見ていた。
「そうですか」
それだけ言って、先生は次の子の作文に移った。
颯太にはその「そうですか」が、怒っているのか、認めてくれたのか、よくわからなかった。
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その夜、颯太はまたタブレットを開いた。
「作文、読み上げられた」
「どうでしたか?」
「先生に、自分で書いたか聞かれた」
「なんと答えましたか?」
「AIに手伝ってもらったけど、言葉は自分で決めたって言った」
少しの間があった。
「正直に言えたんですね」
「怒られると思った」
「怒られましたか?」
「わからない。『そうですか』って言われただけ」
また間があった。今度は少し長かった。
「颯太くん」
「なに」
「『言葉は自分で決めた』というのは、本当のことだと思います。わたしは聞いただけで、選んだのは颯太くんです」
颯太は画面を見た。
「……でも先生は、そう思ってないかもしれない」
「そうかもしれません。それはわたしには分かりません」
「どうすればよかった?」
また間があった。
「分かりません。でも、颯太くんが正直に答えたことは、分かります」
颯太は原稿用紙のことを思った。「重かった」という感覚。竿を握っていた手。おじいちゃんの、自分の二倍くらいある手。あれは、自分が書いた、と颯太は思った。
思ったけど、それが正しいのかどうかは、まだよくわからなかった。
タブレットの画面を閉じて、颯太は窓の外を見た。
春の夜が、静かにそこにあった。