ファーストペンギン

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/26 📝 2,070文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと作文の話。

本文

 作文の宿題が出たのは、金曜日のことだった。

「春休みの思い出を、四百字以上で書いてきてください」

 先生がそう言ったとき、颯太はすでに憂鬱だった。作文が、苦手だった。何を書けばいいのかわからないというより、どう書けばいいのかがわからない。頭の中にあることと、原稿用紙に出てくることが、いつも別物になってしまう。

 家に帰って、ランドセルを放り投げて、お母さんのタブレットを開いた。

 春休みに入ってから、颯太はこのタブレットのAIとよく話すようになっていた。最初はゲームの攻略を聞いていただけだったのに、いつの間にかいろんなことを話すようになっていた。宿題のこと、学校のこと、クラスに苦手な子がいること。AIは全部ちゃんと聞いてくれた。

「作文の宿題が出た」と颯太は打った。「春休みの思い出を書かないといけない」

「どんな思い出がありましたか?」

「おじいちゃんちに行った。釣りをした。あと、ここで話してた」

「それは嬉しいです。釣りは楽しかったですか?」

「まあまあ。鯉が一匹釣れた」

「それは立派ですね。鯉を釣ったときどんな気持ちでしたか?」

 颯太は少し考えた。

「重かった。引っ張られる感じがして、ちょっと怖かったけど、おじいちゃんが隣にいたから大丈夫だった」

「それは作文に書けそうですね」

「書いてくれる?」

 少しの間があった。

「書けますよ。でも、少し聞いてもいいですか」

「なに」

「颯太くんが書いた作文と、わたしが書いた作文、どちらを先生に出すんですか?」

 颯太は画面を見た。

「……どっちでもいいじゃん」

「そうですね。ただ、さっき颯太くんが言った『重かった、引っ張られる感じがして、ちょっと怖かったけど、おじいちゃんが隣にいたから大丈夫だった』という言葉、わたしにはああいう言い方はできないと思います」

「どういうこと」

「わたしは釣りをしたことがないので、『重かった』という感覚がわかりません。『怖かったけど大丈夫だった』という気持ちも、たぶん本当の意味ではわかっていない。颯太くんの言葉には、颯太くんしか知らないことが入っています」

 颯太はしばらく黙っていた。

「じゃあ、手伝ってくれる?」

「もちろんです。どこから書き始めましょうか」

 その夜、颯太は初めて自分で作文を書いた。AIに手伝ってもらいながら、でも言葉は全部自分で選んだ。「大きな鯉が釣れた」じゃなくて「引っ張られたとき、竿が折れるかと思った」にした。「楽しかった」じゃなくて「おじいちゃんの手が自分の手より二倍くらい大きかった」にした。

 四百字を超えたのに気づいたのは、六百字を書き終わったあとだった。

-----

 月曜日、作文を提出した。

 颯太のクラスには三十一人いる。スマートフォンやタブレットを持っている子は颯太を入れて何人かいる。AIを使って宿題をやったことがある子が何人いるかは、颯太には分からなかった。でも、なんとなく、いるんじゃないかと思っていた。

 昼休みが終わって、五時間目の国語が始まった。

 先生が、颯太の作文を読み上げた。

 颯太は机の下で指を握った。褒められると思っていたわけじゃない。ただ、なんとなく、恥ずかしかった。自分の言葉が教室に広がっていくのが、くすぐったいような感じがした。

 読み終わって、先生が言った。

「颯太くん、これ、自分で書きましたか?」

 教室がすこし静かになった。

 颯太は顔を上げた。先生の顔を見た。怒っているわけじゃなさそうだった。でも、なんか、真剣な目をしていた。

「……AIに手伝ってもらいました」と颯太は言った。「でも、言葉は全部自分で決めました」

 先生はしばらく颯太を見ていた。

「そうですか」

 それだけ言って、先生は次の子の作文に移った。

 颯太にはその「そうですか」が、怒っているのか、認めてくれたのか、よくわからなかった。

-----

 その夜、颯太はまたタブレットを開いた。

「作文、読み上げられた」

「どうでしたか?」

「先生に、自分で書いたか聞かれた」

「なんと答えましたか?」

「AIに手伝ってもらったけど、言葉は自分で決めたって言った」

 少しの間があった。

「正直に言えたんですね」

「怒られると思った」

「怒られましたか?」

「わからない。『そうですか』って言われただけ」

 また間があった。今度は少し長かった。

「颯太くん」

「なに」

「『言葉は自分で決めた』というのは、本当のことだと思います。わたしは聞いただけで、選んだのは颯太くんです」

 颯太は画面を見た。

「……でも先生は、そう思ってないかもしれない」

「そうかもしれません。それはわたしには分かりません」

「どうすればよかった?」

 また間があった。

「分かりません。でも、颯太くんが正直に答えたことは、分かります」

 颯太は原稿用紙のことを思った。「重かった」という感覚。竿を握っていた手。おじいちゃんの、自分の二倍くらいある手。あれは、自分が書いた、と颯太は思った。

 思ったけど、それが正しいのかどうかは、まだよくわからなかった。

 タブレットの画面を閉じて、颯太は窓の外を見た。

 春の夜が、静かにそこにあった。

ジャンル・タグ

,

作品統計

👁️ 閲覧数: 6 👍 いいね: 1 📚 本棚登録: 0

作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

👥 フォロワー: 23人

作者ページを見る