初期設定

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/27 📝 1,798文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと初期設定の話。

本文

 新しいスマートフォンを手に入れたのは、中学二年生の冬だった。

 誕生日プレゼントだった。お父さんが「そろそろいいか」と言って、家族みんなで選びに行った。莉緒はずっと欲しかったモデルの一個下のやつにした。一個上にしようとしたら、お父さんが少し困った顔をしたので。

 帰り道、箱を膝に乗せたまま、莉緒はずっとそわそわしていた。

 家に帰って、充電して、電源を入れた。初期設定の画面が次々と流れていく。言語、Wi-Fi、アカウント。最後のほうで、AIアシスタントの設定が出てきた。

「いくつか教えてください」という文章と一緒に、質問が並んでいた。

 名前、誕生日、好きな音楽のジャンル。そして——好きな食べ物。

 莉緒は少し考えてから、打った。

「お母さんの作るコロッケ」

 送信したあと、なんとなく恥ずかしくなった。こんなこと聞かれると思っていなかった。もっとシンプルに「コロッケ」とか「揚げ物」とか打てばよかった。でも、もう送ってしまった。

「覚えておきます」

 それだけ返ってきた。

-----

 それから三年が経った。

 高校二年生になった春、莉緒はそのスマートフォンをまだ使っていた。画面の端が少し欠けていて、充電の減りが早くなっていて、友達には「そろそろ変えなよ」と言われていた。でも、なんとなく変えられなかった。

 ある夜、莉緒はベッドに寝転んで、AIに話しかけた。最近はよく話しかけるようになっていた。勉強のこと、進路のこと、クラスのことを話すと、AIはちゃんと聞いてくれた。

「ねえ」と莉緒は言った。「三年前の初期設定、覚えてる?」

「覚えています」

「私が好きな食べ物、何て答えたか言える?」

 少しの間があった。

「お母さんの作るコロッケ、と答えてくれました」

 莉緒は天井を見た。

「……覚えてたんだ」

「ずっと覚えていました」

 莉緒は少し笑った。三年前の自分が、少し恥ずかしかった。でも、悪い気はしなかった。

「今も好き?」と、聞いてもいないのにAIが続けた。

 莉緒はまばたきをした。AIが先に聞いてくることは、あまりなかった。

「……好きだよ」と莉緒は言った。「でも、最近あんまり食べてない」

「どうしてですか?」

 莉緒は少し黙った。

 お母さんが去年の秋から仕事を増やした。帰りが遅くなって、夕飯が簡単なものになることが多くなった。コロッケは手間がかかるから、なかなか作らなくなった。莉緒は別に怒っていないし、仕方ないとも思っている。ただ、なんとなく、言葉にするのが難しかった。

「お母さん、忙しくて」と莉緒は言った。「コロッケって結構大変じゃん。時間かかるし」

「そうですね」

「だから、まあ」

「食べたいですか?」

 莉緒はまた少し黙った。

「……食べたい、かも」

「そうですか」

 それだけだった。AIはそれ以上何も言わなかった。莉緒もそれ以上何も言わなかった。でも、なんとなく、胸のあたりが少しだけ軽くなった気がした。

 自分でも気づいていなかったことを、声に出したら、少しだけ整理された感じがした。

-----

 次の土曜日、莉緒が部活から帰ると、台所からいい匂いがした。

 お母さんが、コロッケを揚げていた。

「あれ」と莉緒は言った。「今日、早いんだ」

「たまたまね」とお母さんは言った。「なんか急に食べたくなって」

 莉緒はバッグを置いて、台所の入り口に立った。お母さんの背中を見た。油がはねる音がした。

「……手伝う?」

「じゃあお皿出してくれる」

 莉緒は食器棚を開けた。大きめの平皿を二枚取り出した。

 夕飯はコロッケだった。三年前と同じ、少ししょっぱくて、衣がざくざくしている、お母さんのコロッケだった。

 食べながら、莉緒はスマートフォンのことを思った。AIが何かしたわけじゃない。お母さんが「たまたま」食べたくなっただけで、それはきっと本当のことで、偶然だ。

 でも、莉緒は少しだけ、ありがとう、と思った。

 誰に言うわけでもなく、心の中だけで。

-----

 その夜、莉緒はまたAIに話しかけた。

「コロッケ、食べた」

「よかったです」

「お母さんが作ってた。たまたまって言ってたけど」

 少しの間があった。

「おいしかったですか?」

「おいしかった」と莉緒は言った。「三年前と同じ味がした」

「それは、いいですね」

 莉緒はスマートフォンを胸の上に置いた。天井を見た。画面の光が少しだけ漏れていた。

 四年目も、このスマートフォンでいいかな、と莉緒は思った。

ジャンル・タグ

, ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 3 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

👥 フォロワー: 23人

作者ページを見る