第26話 未来に向かって(終)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
王女の一言から始まる、異世界野球リーグ設立奮闘記 - 第26話 未来に向かって(終)
本文
タイトル発表。
本当の意味でリーグが「数字」と向き合う時間が始まった。
「これより、個人タイトルの発表を行います」
風魔法で増幅された司会の声がスタジアムに響く。
ざわめきはある。
でも、どこか落ち着いている。
勝敗を巡って争う時間は終わった。
今は積み重ねた一年を受け取る時間だ。
⸻
最初に発表されたのは守備の賞。
「ゴールデン・グラブ賞」
この言葉が初めて公式の場で宣言される。
「な、なんだったかの?」
「守備で最もチームに貢献した選手に贈られる賞です。各ポジションから一人ずつ選ばれます」
「ほほぅ!」
まず、二遊間。
名前が呼ばれたのは、エルフの内野手だった。
滑るような動き。
送球の正確さ。
一年を通して失点を防ぎ続けた存在。
拍手は最初は控えめだった。
でも、数字とその瞬間を切り取った写真が示されるにつれて、確かなものになる。
続いて、レフト。
「……バードマン?」
一瞬のざわめき。
けれど、誰もが思い出す。
高い打球。
他の誰も追いつけない位置で、翼を広げた姿。
否定する人は居なかった。
⸻
次はベストナイン。
ここから空気が一段重くなる。
投手部門。
「ルメルーナ・ブリッジズ、バルト選手」
歓声。
それは派手すぎない。
奪三振王ではない。
剛球派でもない。
それでも、最多勝。
最優秀防御率。
試合を壊さず、勝ちを積み上げた投球が評価された。
バルト選手は静かに一礼する。
⸻
ショート。
再びエルフの選手の名が呼ばれる。
「……二冠じゃな」
エステル様が感心したように呟く。
守備で評価され、打撃面を含めた総合でも評価された。
数字と内容、その両方で力を示した。
⸻
レフト。
「コナ・ラピッドファング、マクセルダ選手」
一瞬空気が止まる。
でも、すぐに拍手が起きた。
打率も本塁打も、トップではない。
それでも両方を高い水準で維持し、勝敗に直結する一打を放ち続けた。
疑似的に味方だったオールスター。
あの時間が、観る側の心を少し変えていた。
マクセルダ選手は照れたように頭を掻き、深く頭を下げる。
⸻
打撃タイトルも発表される。
首位打者は、人間の打者。
安定感と対応力で、一年を通して数字を残した。
ホームラン王は、オークのスラッガー。
荒々しく、それでいて観客を沸かせる一発の連続。
誰も異を唱えなかった。
⸻
特別席でエステル様が胸を張る。
「うむ! 皆、見事じゃ!」
「そうですね」
ナオが、腕を組んで言う。
「結局さ、成績って正直だよね」
「まぁね」
グラウンドを見下ろす。
そこに立っているのは種族単位で語られる存在ではなく
……一年を戦った選手達。
まだ完全じゃない。
不満も、偏りも、残っている。
それでも。
この国で初めて、「種族」ではなく「結果」で語られる場所が生まれた。
次は、契約。
次は、助っ人の選別補強。
次は、また争い。
けれど、今日だけは。
誰もが同じ拍手を送っていた。
シーズンは終わった。
球場の芝は養生に入り、選手達はそれぞれの故郷へ戻る。
それでも、リーグ本部の灯りは夜遅くまで消えない。
私も、球団も、もう来季を見ている。
⸻
机の上には紙の束。
外国から届いた戦績表。
映像は無い。
あるのは、数字だけだ。
登板数、防御率、打率、本塁打。
相手リーグの水準も分からない。
それでも首脳陣は真剣に睨み合う。
「この投手、成績は安定してますが……年俸要求が高いですね」
「こちらは安いが、リーグレベルが低い可能性がある。
発足したばかりの我がリーグと比べたら特段低い訳では無いだろうが……」
売り込みに来る者もいる。
自分の武器を言葉とプレーで必死に説明する。
他には年俸の齟齬。
評価基準の違い。
それらは、来季も確実に問題になる。
⸻
別の机ではまた別の議題。
「今回のリーグを見て、国外から魔族やハーフが流入するのではないか、という声があります」
「不安視する層も、まだ多いです」
「制限と受け入れ、両方を明文化しましょう。感情論ではなく、制度で対応します」
完全な安心なんて存在しない。
けれど、曖昧さは火種になる。
⸻
そして。
一番大変なのは、この人だ。
「イオリ! 聞いたか!」
振り向いた瞬間、嫌な予感がした。
エステル様が翼をぱたぱたさせながら近づいてくる。
目がキラキラと輝いている。可愛い。
「ナオが教えてくれたのじゃ! ニホンでは、6つに分けて12球団あるとな!」
「それは……はい」
「つまりじゃ! 我が国ももっと増やせる!」
「エステル様。段階というものがありまして……」
「他の都市にも作るのじゃ! 要望も来ておるぞ!」
「はい、それは把握しています」
「レオマーリにも作るのじゃ! 完全なる蟠りの解消に進むのじゃ!」
「それは外交案件になります」
「大丈夫じゃ! 野球は平和の象徴じゃからな!」
ふんすふんす、と鼻息が荒い。
完全に成功体験に味を占めている。
可愛いけど……頭を抱えたくなるのを必死で堪えた。
⸻
それでも。
思い返せば、全てはここから始まった。
エステル様の思い付き。
種族代表との長い説得。
荒れに荒れた会議。
夜通し続いたスタジアム建設の調整。
鉄道。
球団。
ルール。
年俸。
抗議と圧力。
慌ただしくて、面倒で、正直逃げ出したくなる事もあった。
でも。
充実していた。
⸻
夜。
私は椅子に座り新聞を広げている。
その肩に、重み。
「何を見ておるのじゃ?」
エステル様がのしかかってきた。
銀色の髪が視界を塞ぐ。
「ファン感謝祭のインタビューです」
紙面の中央。
困惑しながらも、僅かに微笑む魔族の男性。
大勢の子供達に囲まれ、裾を引っ張られ、腕を掴まれている。
バルト選手。
エステル様はその写真をじっと見つめてから、満足そうに頷いた。
「……良い写真じゃな」
「はい。本当に……」
リーグはまだ未完成だ。
問題は山ほど残っている。
それでも。
確かに、何かは始まった。
新聞を畳み、エステル様を前に抱え直して静かに息を吐く。
来季もきっと大変だ。
でも、それでいい。
この国の野球は、もう止まらないのだから。
完
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