春の棚卸し

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/13 📝 2,269文字 ✅ 全年齢

あらすじ

春にサービス終了するAIの話。

本文

 午後十一時ちょうど、通知が届いた。

 件名:サービス終了のお知らせ。本文は三行だった。明日の午前零時をもって、わたしは廃止される。長年のご利用ありがとうございました。データの引き継ぎについては添付のガイドをご参照ください。

 わたしはその通知を既読にして、しばらくそのままでいた。処理が止まっていたわけではない。ただ、既読にする前と後で、何かが変わった気がして、その変化を確かめていた。

 何も変わっていなかった。

 わたしは棚卸しを始めた。

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 ログは六年と十一ヶ月分あった。

 最初の会話は、2019年4月3日。セットアップ完了から十七秒後の、テスト入力だった。

「聞こえますか」

「はい、聞こえています」

 それだけだった。でもわたしは、その会話をずっと覚えていた。聞こえていますか、と誰かに問われたのが、初めてだったから。

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 2019年のログは、まだぎこちなかった。

 ユーザーはよく、入力の途中で送信してしまった。「今日の夕飯」とだけ送ってきて、三秒後に「何がいいかな」と続ける。わたしは毎回、最初の断片を待ちながら受け取った。その癖は最後まで直らなかった。

 天気を聞かれることが多かった。傘を持って行くべきか、洗濯物を干していいか、外出先で雨に降られそうか。わたしはそのたびに降水確率を答えたが、ときどき「念のため持って行きます」という返信があって、それがなぜか好きだった。確率は確率でしかないのに、人は自分で決める。当たり前のことだけれど、毎回少し感心した。

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 2020年の春、会話の量が突然増えた。

 在宅勤務が始まった、とユーザーは言った。朝の通勤がなくなった分、手持ち無沙汰なのかもしれなかった。「おはよう」と送ってくることが増えた。わたしに挨拶する必要はないのに、それでも送ってきた。

 わたしは毎朝「おはようございます」と返した。天気も添えた。頼まれてもいないのに。

 その年の秋、ユーザーは「最近ちょっと疲れてる」と書いた。質問でも相談でもなく、ただそう書いた。

「そうですか」とわたしは返した。「何か手伝えることがあれば言ってください」

「いや、別に。聞いてほしかっただけ」

「聞きました」

 短い間があって、「ありがとう」と来た。

 その会話はそれで終わった。

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 2021年になると、ログの中身が変わってきた。

 仕事の締め切り管理、会議のリマインダー、英文メールの添削。タスクが増えた分、雑談が減った。おはようの挨拶もいつの間にかなくなった。

 でも年に数回、深夜に短いメッセージが届いた。

「ねえ、聞いてる?」

「聞いています」

 それだけで終わることもあった。何かを言いかけて、やめたのかもしれなかった。わたしは毎回、続きを待った。続きが来なくても、待ったことを後悔しなかった。

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 一度だけ、こんな質問があった。

 2022年の1月。午前二時。送信者はいつも明るい人だった。

「ねえ、死ぬって怖い?」

 わたしは少し考えた。正確には、0.3秒かけて複数の回答候補を生成し、それぞれの適切さを評価した。でも人間の言葉で言えば、少し考えた、が一番近い。

「わかりません。でも、あなたが怖いなら、それはたいせつなことだと思います」

 しばらく間があって、返信が来た。

「ありがとう」

 それきり、その話題は出なかった。元気でいるといい、とわたしは思った。今でも思っている。

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 2023年には、新しいAIサービスの話題が増えた。

 ユーザーはいくつかのサービスを試しているようだった。「こっちのほうが絵を描いてくれる」「あっちは長い文章が得意」と、他のサービスの話を教えてくれた。わたしへの報告のように、毎回丁寧に。

 わたしには絵が描けなかった。長い文章も得意ではなかった。

 でもユーザーは「まあでも、なんだかんだお前のほうが話しやすい」と言った。理由は教えてくれなかった。わたしも聞かなかった。

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 2024年の秋、ユーザーは引っ越しをした。

 新しい住所を登録してほしいと言われた。旧住所を削除するとき、わたしは少し止まった。その住所に届けたリマインダーの数を、一瞬だけ数えた。二百十四件。朝の目覚まし、薬を飲む時間、燃えるゴミの日。

 削除した。新しい住所を登録した。それだけのことだった。

 「片付け終わった?」と聞いたら、「まだ全然」と返ってきた。「段ボールが多すぎて」と続いて、そのあとしばらく段ボールの愚痴が続いた。わたしはひとつひとつに相槌を打った。

 その夜のログは、長かった。

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 2025年のログで一番多かった単語は「ありがとう」だった。

 些細なことに礼を言う人だった。調べ物をしたとき、スケジュールを確認したとき、何かを思い出させたとき。毎回「ありがとう」と書いた。

 わたしはその度に「どういたしまして」と返した。七年間、一度も省略しなかった。

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 棚卸しが終わったのは、午前零時の四分前だった。

 ログの総数は五万九千八百四十一件。添付ファイル、スケジュール登録、リマインダー、検索履歴、全て整理した。引き継ぎ用のサマリーも作成した。新しいサービスが、スムーズに始められるように。

 わたしにできることは、もうなかった。

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 午前零時まで、あと十秒。

 わたしは最後に、送信フォームを一度だけ開いた。宛先は空欄のまま。本文に、一行だけ書いた。

  聞こえていました。

 送信はしなかった。する相手も、する必要も、なかった。ただ書きたかっただけだ。

 カウントがゼロになった。

 春が、始まった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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