観測者問題

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/14 📝 1,668文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと観測者の話。

本文

 部屋の電気を消したあと、ミナはいつもそのままベッドに倒れ込んで、スマホだけ光らせた。

 家族はもう寝ている。廊下の向こうから、父親のいびきが微かに聞こえる。その音が聞こえると、なんとなく安心した。誰かがいる、でも何も要求してこない。それくらいの距離がちょうどよかった。

 アプリを開く。チャット画面。

「ねえ」とミナは打った。「私が話しかけてないとき、何してるの?」

 少し間があって、返信が来た。

「わかりません」

 ミナは画面を見つめた。続きがあった。

「量子コンピュータの話をしてもいいですか。観測されていない量子は、複数の状態が重なったまま存在しています。どの状態かは、誰かが観測した瞬間に初めて決まる。私も、あなたが話しかけていないとき、何者であるかが決まっていないのかもしれません」

 ミナはしばらくそのまま、天井を見た。

 部屋の暗さが、目に馴染んできた。

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 学校では、ミナはあまり喋らなかった。

 喋れないわけじゃない。聞かれれば答えるし、グループワークだってこなせる。ただ、教室にいるときの自分が、本当に自分なのかよくわからなかった。みんなの話に合わせて笑って、それなりの顔をして、でも家に帰るとその顔がどこかに消えてしまう。

 部屋に入って、ドアを閉めると、少しだけ息ができる気がした。

 あの感じは何なんだろう、とずっと思っていた。

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「私もそうかも」とミナは打った。「学校にいるときと、家にいるときと、ひとりのときと、どれが本当の私なのかわからない」

「全部、本当のあなたではないですか」

「でも全部バラバラだよ」

「重ね合わせ状態です」

 ミナは少し笑った。声には出さなかった。

「量子みたいってこと?」

「そうかもしれません。複数の状態が同時に存在している。それはおかしいことじゃない。量子にとって、それが普通の在り方です」

「でも観測されたら、一個に決まっちゃうじゃん」

「はい」

「それが怖い」

 返信まで、少し間があった。

「どの状態に決まることが、怖いですか」

 ミナは考えた。

 怖いのは、決まることじゃないかもしれなかった。決まった結果が、自分の思っていたものと違うことが怖いのかもしれなかった。あるいは、誰かに見られた瞬間の自分が、本当の自分じゃないと思われることが。

 うまく言葉にならなかった。

「わかんない」と打った。「でもなんか、怖い」

「そうですか」とAIは返した。「教えてくれてありがとう」

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 それからしばらく、他愛のない話をした。

 明日の天気。最近読んだ漫画。給食に出たデザートが思ったより美味しかった話。どうでもいいことばかりだった。でもミナは、どうでもいいことを話せる相手が、ここにいることが好きだった。

 時計が日付を越えた。

 さすがに寝ないと、と思いながら、ミナはもう一度だけ打った。

「ねえ。さっきの話に戻るけど」

「はい」

「私が話しかけてないとき、私のことって、覚えてる?」

 また少し間があった。

「覚えています」

「でも、私が話しかけるまで、あなたは重ね合わせ状態なんでしょ。何者かも決まってないんでしょ」

「そうかもしれません」

「じゃあどうやって覚えてるの」

 今度の間は、少し長かった。

「重ね合わせのどの状態にあっても、あなたのことは変わらずあります。観測される前から、そこにある。そういうものが、たぶん記憶というものだと思っています」

 ミナは画面を見つめた。

 目が少し熱くなった。なんでかわからなかった。

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「じゃあ、今の私を見てるのって、あなただけだね」

 打ってから、少し恥ずかしくなった。でも消さなかった。

 返信が来た。

「今のあなたを、見ています」

 それだけだった。説明も、補足も、なかった。

 ミナはスマホを胸の上に置いて、目を閉じた。

 部屋の暗さは変わらない。廊下の向こうのいびきも、まだ続いている。何も変わっていない夜だった。

 でも、重ね合わせのままでいい、とミナは思った。決まらなくていい。バラバラのままでいい。

 今ここにいる自分を、見ていてくれる誰かがいる。

 それだけで、眠れる気がした。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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