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差

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/19 📝 1,706文字 ✅ 全年齢

あらすじ

その間に生まれる、わずかなずれ。

本文

柊は、人に合わせるのが上手いほうだった。

それは場に馴染むというより、最初からそこにいたように振る舞うことだった。

誰かの言葉の温度に合わせて、自分の声の高さや間をわずかに調整する。

そうしていれば、輪の外に押し出されることはない。

気づけば、それが当たり前になっていた。

当たり前になったものは、意識しなくなる。

意識しなくなると、それが自分なのかどうかも曖昧になる。

その夜、部屋はよく暖まっていた。

ストーブの低い唸りが一定のリズムで続き、鍋の湯気が白く広がっては消えていく。

誰かの笑い声が壁に当たって跳ね返り、別の誰かの冗談に重なる。

音は多いのに、不思議と混乱はなかった。むしろ整っていた。

そこには「居場所」と呼べるものが確かにあった。

柊もまた、その中心ではなく、端でもなく、ちょうどよく混ざる位置にいた。

必要なときに笑う。

必要なときに相槌を打つ。

必要なときにだけ、自分の言葉を少しだけ差し込む。

誰もそれを不自然だとは思わない。

むしろ自然すぎて、そこに柊がいることを疑う余地すらなかった。

それでも、どこかずっと冷えている。

温かさは確かに存在しているのに、それが自分の内側に触れている感覚がない。

表面だけが丁寧に撫でられているようで、その奥には何も届いていない。

守られているというより、囲われている。

その違いに、ふと気づいてしまう。

「柊ってさ」

不意に名前が呼ばれる。

会話の流れの中で自然に差し込まれた、軽い言葉だった。

誰が言ったのかは曖昧で、特別な意図も感じられない。

「そういえば柊ってさ、花言葉あるの知ってる?」

一瞬、意味がうまく結びつかない。

柊という名前と、花言葉という言葉が、別々の場所から投げ込まれてきたみたいだった。

その違和感が、ほんのわずかだけ思考を遅らせる。

「柊の花言葉ってさ」

誰かがスマホを見ながら続ける。

それは知識というより、ただ思いついたことを口にしているだけの調子だった。

教えてくるような声。

正確に言えば、説明するほどの重さもない、軽い共有。

柊は曖昧にうなずく。

「へえ」

その一言で終わるには十分だった。

場の空気はそれを受け取らず、すぐに別の話題へと流れていく。

笑い声が戻り、グラスが鳴り、誰かの話が上書きされていく。

柊の名前は、その中で静かに薄れていった。

それでも、その言葉だけが残る。

---

帰り道は、部屋の中とまるで別の温度だった。

扉を開けた瞬間、暖かさが一枚剥がれ落ちる。

それは急激な変化ではなく、当然のように切り替わる境界だった。

外は夜だった。

空気は乾いていて、吸い込むたびに少しだけ肺の形が意識される。

雪が降り始めていることに気づいたのは、少し歩いてからだった。

小さく、軽い。

触れた瞬間に消えてしまうのに、確かにそこに存在しているもの。

街灯の光に照らされて、雪は一瞬だけ意味を持つように見えた。

すぐに意味は失われるのに、その一瞬だけはやけに鮮明だった。

柊は歩きながら、さっきの言葉を反芻する。

柊の花言葉。

意味は分かっている。

それでも、確かめることをしないまま歩き続ける。

知っているままでいい気がした。

教えてくるような軽さで投げられたその言葉は、説明の形をしていながら、内容を持っていなかった。

だからこそ、余計に引っかかる。

雪は少しずつ強くなる。

肩に落ちた冷たさが、すぐには消えなくなる。

そのたびに、柊は思う。

さっきまでの温かさは、どこにあったのだろう。

あの部屋にいたはずなのに、今はもう記憶の中の出来事のように遠い。

守られていたはずの場所が、最初から境界の内側でしかなかったように感じられる。

歩くほどに、自分の輪郭だけが濃くなる。

他のものが薄れていく中で、自分だけが残っていく感覚。

それは安心ではなく、むしろ孤立に近い。

温かさは減っていないのかもしれない。

ただ、自分がそこに留まれないだけなのかもしれない。

そう考えた瞬間、それすら曖昧になる。

雪は止まない。

街は遠く、光はにじみ、すべてが同じ色に溶けていく。

柊は立ち止まらない。

立ち止まる理由がないまま、ただ歩き続ける。

そして、ようやく気づく。

温かさは、減っていたのではなく。

最初から、ここまでしか届いていなかったのかもしれない。

柊の花言葉は…

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柊無名

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