夢
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
想像は、いつも少しだけ現実からずれている。
本文
想像とは未来への希望であり、現在への失望である。
それは、どこかで読んだ誰かの言葉だった。正確に誰のものかも、どこで見たのかも思い出せない。ただ妙に引っかかって、消えないまま頭の奥に残っている。意味を理解しているというより、その言葉の形だけが、静かに居座っていた。
教室はいつも同じ温度をしている。朝の光も、昼の眠気も、夕方のざわつきも、すべてが少しずつ既視感の中に沈んでいく。黒板に書かれた文字は消えてはまた書かれ、それ以上の意味を持たないまま積み重なっていく。進路希望調査の紙が配られたとき、周囲は軽かった。すでに書き終えた者、適当に埋める者、冗談のように未来を語る者。それぞれが当たり前のように次へ進んでいる中で、私は紙を裏返したまましばらく動かなかった。
白い紙だけが、やけに重かった。
書けないわけではない。ただ、書くべきものがどこにも見あたらないのだ。将来、進学、就職。どれも言葉としては知っているのに、それが自分の輪郭として結びつかない。
しばらくして、経済学部という言葉だけが残った。
それは夢ではなかった。願いでもなかった。ただ、他よりも「壊れていない」選択だった。理由を探せばいくらでも後付けはできる。だが実際には、消去法の果てに残っただけの場所だった。
それでも周囲は安心したように見えたし、自分もまた、その安心に合わせて呼吸を整えた。進路とはそういうものなのだと、どこかで納得しようとしていた。
日々は特に変わらないまま続いていく。授業、休み時間、帰り道。その繰り返しの中に、大きな出来事はない。ただ、同じような時間が少しずつ形を変えながら積み重なっていく。
それでも時々、思考だけがどこかへずれる瞬間があった。
もし、違う選択をしていたら。
もし、別の教室にいたら。
もし、まだ何も決めていなかったら。
その想像は明確な未来ではない。ただ、現実から少しだけずれた場所にある曖昧な光だった。そこには具体的な人生はなく、ただ「今とは違う」という感覚だけがある。しかしその光は長く続かない。名前を呼ばれる声、ノートを取る音、隣の席の気配。それらによってすぐに現実へ引き戻される。気づけば、元の場所に戻っている。
その繰り返しの中で、想像は少しずつ性質を変えていく。
以前は未来だったものが、次第に現在の補正のようになっていく。今が不明瞭なときほど、想像は鮮明になる。だが鮮明であるほど、それは遠いものではなく、むしろ現在の欠けを埋めるためのものとして存在しているように見えた。
ある日の授業中、窓際の席で外を見ていた。内容はほとんど頭に入っていなかった。ただ、光が少しだけ強く、風がカーテンを揺らしていた。その揺れだけがやけにゆっくりに見えた。
そのとき、不意に別の場面が浮かんだ。
もし、違う進路を選んでいたら。
それは想像というより、記憶に近かった。起きていないはずの時間なのに、どこかで確かに過ごしたような感覚があった。見知らぬ場所で歩いている自分、知らない会話、曖昧な安心感。それらは一瞬だけはっきりと存在していた。
しかし、その像はすぐに崩れた。残ったのは説明できない感覚だけだった。
次の瞬間には授業の声が戻り、現実が何事もなかったように続いていく。その出来事について誰かに話すことはなかった。話そうとすれば、言葉になる前に消えてしまう気がしたからだ。時間はそのまま流れていった。進路の話題は少しずつ現実になり、経済学部という選択も紙の上の仮定ではなくなっていく。理由を問われれば、それらしい説明はできるようになった。ただ、そのどれもが正しいというより、破綻していないというだけだった。
それでも、その状態は悪くなかった。少なくとも不安は少なかった。何もないよりは、何かがある方が落ち着く。
やがて進路は確定し、それは自然なものとして受け入れられていく。選択というより、積み重なった結果だった。強い意志があったわけではない。ただ、気づけばそこにいた。
ある日、帰り道で空を見上げたとき、また何かを思い出しかけた。しかしそれは形にならなかった。代わりに残ったのは、言葉にできない静かな違和感だけだった。
そして、その違和感も次第に薄れていく。
私は、退屈な日々を過ごしているのだろう。
それでも、それは悪いことではないと思っていた。
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