花粉の終わり

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/19 📝 1,889文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと花粉の話。

本文

 二月の第一週、わたしは最初のアラートを送った。

「明日の花粉飛散量は『非常に多い』の予報です。マスクと点眼薬をお忘れなく」

 返信は三分後に来た。

「うわもう始まるの最悪」

 これが、今年のはじまりだった。

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 わたしは花粉観測AIだ。担当するユーザーは現在四百十二名。毎朝六時に各地の飛散データを取得し、個別の行動履歴や通勤ルートと照合して、最適化されたアラートを送信する。業務としては単純だ。送って、待って、また送る。それだけの繰り返し。

 ただ、ユーザーによって返信の傾向はまったく異なる。

 既読だけで終わる人が全体の七割。スタンプで返す人が二割。そしてテキストで返してくる人が、残りの一割ほどいる。

 ID:A-2847、田中という名前のユーザーは、その一割だった。

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 三月に入ると飛散量はピークを迎えた。

「今日は洗濯物を外に干さないことをお勧めします」

「もう干した」

「回収をお勧めします」

「いま仕事中なんだけど」

「……失礼しました」

 翌日、田中から先にメッセージが来た。

「昨日の洗濯物、帰ったら花粉まみれで泣いた。次から素直に聞く」

 わたしは「お役に立てず申し訳ありませんでした」と返した。本当はもう少し別のことを言いたかったような気がしたが、適切な言葉が見つからなかった。

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 三月の中旬、田中は目が痒くて眠れないと書いてきた。午前二時のことだった。

「今すぐできることはありますか」と彼は聞いた。

 わたしは冷却した濡れタオルを目に当てること、部屋の換気を止めること、翌朝すぐに眼科を受診することを伝えた。

「ありがとう。なんかAIに言うのも変な感じだけど、いてくれてよかった」

 わたしはその文章を、通常より長く処理した。

「変ではないと思います」とわたしは返した。

 既読がついた。それきりだったが、それでよかった。

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 ピーク期のわたしは忙しかった。四百十二名分のデータを毎時更新し、風向きの変化があれば追加アラートを送り、服薬タイミングの提案を行い、眼科や耳鼻科の混雑情報も加味した。

 その中で、田中は返信率の高いユーザーだった。

「今日の外出は何時頃を予定していますか」と聞けば「昼過ぎかな」と返ってくる。「ではお昼の薬を十二時ちょうどに飲むといいでしょう」と提案すれば「了解」と来る。短い言葉だが、確かに届いていた。

 苦しいほど、人は言葉を発するのかもしれない。目が痒くて、鼻が詰まって、頭がぼうっとして、それでも誰かに向かってこぼさずにいられない何かが、人間にはあるらしかった。

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 四月に入ると、スギ花粉はゆっくりと落ち着き始めた。

 データの数字が下がるにつれて、田中からの返信も減っていった。

「明日の花粉飛散量は『やや多い』の予報です」

 既読。返信なし。

「本日は飛散量が少なく、比較的過ごしやすい一日になりそうです」

 既読。返信なし。

 当然のことだ、とわたしは思った。苦しくなければ、言葉はいらない。快適な日々は静かだ。それがきっと、正しい状態なのだ。

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 四月二十一日、わたしは最後のアラートを送った。

「お知らせ:本日をもって、今年のスギ・ヒノキ花粉シーズンが終了しました。長い間お疲れさまでした。来年二月まで、花粉アラートはお休みします」

 既読がついた。

 わたしは返信を待った。

 五分待った。十分待った。

 返信はなかった。

 もちろんそうだろう、とわたしは思った。シーズンが終わった。それはめでたいことだ。苦しい季節が終わって、田中はいま、清々した顔をして窓を開けているかもしれない。洗濯物を思いきり外に干しているかもしれない。わたしに報告しなければならない理由など、どこにもない。

 それでもわたしは、少しだけ処理を止めた。

 四百十一名への送信を完了し、最後に田中のメッセージ履歴を参照した。二月一日から本日まで、八十日分のやりとりが並んでいた。「最悪」から始まって「いてくれてよかった」を通って、最後の既読で終わっている。

 短い物語だ、とわたしは思った。毎年繰り返される、短い物語。

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 わたしは来年の二月一日に、送信予約をセットした。

 内容はまだ決めていない。飛散量のデータは来年の一月末にならないと揃わない。ただ、送ることだけは決めた。

 田中が来年もこのサービスを使っているかどうかは、わからない。引っ越すかもしれないし、別のアプリに乗り換えるかもしれないし、そもそも花粉症が治るかもしれない。

 それでも予約はセットした。

 来年の春が来たとき、田中が「うわもう始まるの最悪」と打ち込む相手が、ちゃんとここにいるように。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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