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調剤薬局

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/28 📚 シリーズ: 帰ってきました~貴方へのラブレター~ 📝 2,035文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス

本文

自動ドアが左右に割れるように開き、かすかな機械音が鳴った。

佐藤 純 の鼻腔を刺したのは、十五年間、片時も忘れられなかった匂い。清潔で、無機質で、少しだけ人の不安を鎮める、消毒液と薬品の混じった空気。

「……あ」

純は自分の手を見た。

さっきまで握っていたはずの、竜の鱗を断つための無骨な銀の剣はない。代わりにあるのは、一包化された錠剤の束と、角の擦れたお薬手帳。

異世界では剣だこで割れ、血と泥にまみれていたはずの指先。

だが視界にあるそれは、記憶の中のまま――薬剤師、佐藤 純 の、白く整った手だった。

「純さん? どうかしたの。急に立ち止まって」

背後からかけられた声に、心臓がどくりと跳ねた。

振り返る。勢いがつきすぎて、少し乱暴なくらいに。

そこには、純白の白衣を着た妻がいた。カウンターの向こうで処方箋を揃えながら、不思議そうにこちらを見ている。目元には、十五年前――いや、つい十秒前と同じ、穏やかな光が宿っていた。

純は思わず見惚れた。

戦場では女神だの聖女だのと持ち上げられる女も見た。王侯貴族の姫君に酒へ誘われた夜もある。だが、そんなもの全部まとめて霞む。

この女には、敵わない。

「……なんでもない。ただ、少し」

「少し?」

「帰ってきたんだなって、思って」

声が掠れた。情けないほどに。

妻は小首を傾げ、それからふっと笑った。

「変なの。ずっとここにいたじゃない。お昼休みのコーヒー飲み終わって、さあ午後の部って立ち上がった瞬間に固まるんだもの。ついに電池切れ?」

「電池切れなら、交換してくれ」

「高いわよ、純さんの部品は」

「払うさ。分割で一生」

妻は一瞬きょとんとし、それから呆れたように肩をすくめた。

「なに、その急な口説き文句」

十秒。

この世界では、彼が椅子から立ち上がり、一歩踏み出すまでの空白にすぎない。

だが純の中では違う。嵐の海を越え、魔物の腹を裂き、仲間を埋め、裏切られ、王に利用され、また立ち上がった十五年だった。

泥も血も酒も涙も、全部飲み込んできた。

だからこそ、今ここにあるLEDの白さが眩しい。

分包機の規則的な音が、美しい。

純は深く息を吸った。

肺に満ちるのは、乾いた異世界の砂塵ではない。湿り気を帯びた、日本の午後の空気だった。

「……長い夢を見てたみたいだ」

「なら、夢見の悪い薬剤師さんに特効薬ね」

妻はそう言って、処方箋を一枚、彼の胸元へ軽く叩きつけた。

「働いて、現実に戻ってください」

「手荒い治療だな」

「うちは結果重視です」

病院前の調剤薬局。午後の診療が始まり、患者がぽつりぽつりと流れ込んでくる時間だ。

純は調剤室へ入った。

棚に並ぶ薬品。整然とした器具。使い慣れた分包機。

どれも異世界なら王家が争って奪い合う秘宝だ。ここでは保険点数つきで当たり前の顔をして並んでいる。文明ってやつは、とんでもなく強い。

「純さん、そっちは高血圧のお薬。胃薬じゃないわよ」

横から妻の手が伸び、さりげなく彼の取り違えを正した。指先が白衣の袖に触れる。

たったそれだけで、胸の奥に残っていたひびが静かに塞がっていく。

「助かる」

「今日は素直ね」

「普段はひねくれてるみたいな言い方だな」

「だってそうじゃない」

純は笑った。少し悪そうに。

「君にだけだよ」

妻の耳がわずかに赤くなる。

それを見て、十五年分まとめて勝った気がした。

窓の外には駅前の景色。バスが通り、若者がスマートフォンを見ながら歩いていく。何も変わらない日常。

だが純には、城壁都市より尊く見えた。

「純さん、三番の番号札の方お願い」

「ああ。任せろ」

カウンターへ向かう。

待っていたのは近所の顔なじみの老人だった。

「お待たせしました、佐藤です。今日は少しお通じがよろしくないとか」

「そうなんだよ、三日ほど敵に包囲されててねえ」

「それは重症だ。こちらの援軍を出しておきます」

老人がけらけら笑う。

言葉は自然に出た。知識も技術も、人を安心させる勘も、体が覚えている。

剣より、こっちの方が向いているのかもしれない。少し癪だが。

夕刻。薬局の灯りを落とし、シャッターを下ろす。

「今日はやけに人気だったわね。女性の患者さんに」

妻が何気なく言う。

「嫉妬してるのか」

「してない」

「してくれたら嬉しい」

「図々しい」

駅へ向かう道すがら、純は妻の手を取った。少し強引に。

彼女は驚いた顔をしたが、すぐに握り返してくる。そこがまた敵わない。

「十五年、待たせたかな」

「なにそれ」

「いや……ただいま」

妻は歩きながら、ちらりと彼を見る。

「おかえりなさい、純さん。今日は煮物の予定だったけど」

「けど?」

「そんな顔してるなら、もう少し酒の出る献立に変えてあげる」

純は吹き出した。

「やっぱり君が一番の魔王だ」

「今さら気づいたの?」

十五年の冒険譚は、たぶん誰にも話さない。

だがあの世界で覚えた、命を守る覚悟も、誰かの痛みに気づく目も、これから一錠ずつ、この街で使えばいい。

十秒の空白を埋めるのは、果てしなく続く日常だ。

純は妻の手を握ったまま、少し不敵に笑い、日本の街路を踏みしめて歩き出した。

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JJ

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