書いた、ということだけが大切だったから

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/20 📝 2,404文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと推薦文の話。

本文

 桐島誠一郎の訃報を知ったのは、彼が死んで三週間後のことだった。

 編集者の仕事というのは時として、作家の死よりも原稿の締め切りの方が先に意識へ飛び込んでくる。宮田玲奈がそれを恥だと思うようになったのは、ずいぶん後になってからだ。訃報のメールを開いたとき、彼女がまず考えたのは「連載はどうなるんだろう」だった。

 桐島誠一郎。文芸誌『季刊・灯』に十二年間、年に一本の短編を寄稿し続けた作家。受賞歴はない。重版もほとんどない。それでも毎年、彼の掲載号だけは決まって増刷がかかった。熱狂的な読者ではなく、静かに、しかし確実に集まる読者がいた。玲奈はその種の作家を、業界では「土台の人」と呼ぶことを知っていた。派手ではないが、なくなると何かが崩れる。

 桐島は七十一歳で死んだ。心不全だった。未発表の原稿が、遺品の中から見つかった。

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 遺族から連絡が来たのは、訃報から一ヶ月後だった。

「父の書斎に、完成原稿があったんです」と、娘の桐島芽衣は言った。「最後の短編だと思います。タイトルも、最後の一行まで書いてある」

 玲奈はその原稿を受け取りに、神奈川の住宅街にある桐島家を訪ねた。二階建ての古い家だった。庭に柿の木があり、まだ青い実がなっていた。

「読んでいただけますか」と芽衣は言った。「掲載できるかどうかも含めて、判断してほしいんです」

 玲奈はその場で原稿を読んだ。

 十二枚。いつもの桐島の筆だった。老いた男が、かつて自分が傷つけた女性に手紙を書く話だった。謝罪でも言い訳でもなく、ただ「あなたが今も生きていることを願っている」と書く話。結末で、男は手紙を出さない。書いた、ということだけが大切だったから。

 玲奈は原稿を膝の上に置いて、少しの間、庭の柿の木を見ていた。

「掲載します」と彼女は言った。「次号に」

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 問題は、推薦文だった。

 次号の『季刊・灯』は桐島誠一郎の追悼特集として組む予定になった。編集長の判断だった。遺作の掲載に加え、作家仲間や読者からのコメント、そして巻頭に長めの推薦文を載せたい。玲奈がその推薦文を書くことになった。担当編集者として、十二年間の付き合いがあるのだから当然だ、と言われた。

 玲奈は原稿用紙の前に座り、三日間、一文字も書けなかった。

 桐島誠一郎のことは、よく知っているつもりだった。毎年一回、原稿を受け取るたびに電話で話した。打ち合わせで会うこともあった。口数の少ない人だった。原稿について話すとき以外は、ほとんど黙っていた。一度だけ、「玲奈さんは小説を読んで泣いたことがありますか」と聞かれたことがある。玲奈が「あります」と答えると、彼は「そうですか」とだけ言って、それ以上は何も聞かなかった。

 彼の文章の何が特別なのか、玲奈にはわかっていた。でも、それを言語化することができなかった。言語化した瞬間に、何かが死ぬ気がした。

 四日目の朝、玲奈は思いついた。

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 社内では、AIを使った文章支援ツールの試験運用が始まっていた。主に校閲や要約に使われていたが、長文生成にも対応していると担当者から聞いていた。

 玲奈は深夜の編集部で、ツールを立ち上げた。

 入力欄に、桐島誠一郎の既刊作品から抜粋したテキストを流し込んだ。インタビュー記事、作家本人のコメント、玲奈が記録していた電話メモ。それから、こう入力した。

「桐島誠一郎という作家について、追悼の推薦文を書いてください。文体は文芸誌に掲載される文章として。四百字程度」

 数秒後、文章が生成された。

 玲奈は画面を見て、息が止まった。

 それは、完璧な文章だった。

 桐島誠一郎の作品の核心を、的確に言語化していた。「日常の傷を、物語の中で静かに洗う作家」という表現があった。玲奈が三日間探し続けて見つけられなかった言葉が、そこにあった。文章の流れも自然で、追悼文として申し分なかった。

 玲奈は、それをコピーして原稿ファイルに貼り付けた。

 そして、眠れなかった。

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 翌朝、芽衣から電話が来た。

「父の書斎を整理していたら」と彼女は言った。「手書きのメモが出てきて」

「どんなメモですか」

「玲奈さんのことが書いてありました。『宮田さんは、私の文章を一番わかってくれている人だ』って」

 玲奈は電話を持ったまま、窓の外を見た。曇りの朝だった。

「……そうですか」

「父はあまり人を褒めない人だったんです。だから驚いて。玲奈さんに伝えておきたくて」

 電話を切った後、玲奈は原稿ファイルを開いた。昨夜貼り付けた文章を、もう一度読んだ。

 完璧だった。

 彼女は選択範囲を指定して、deleteキーを押した。

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 推薦文を書くのに、結局さらに一週間かかった。

 玲奈が書いた文章は、AIが生成したものより短く、ぎこちなく、何かが足りなかった。「日常の傷を、物語の中で静かに洗う作家」という表現には、ついに辿り着けなかった。代わりに彼女が書いたのは、十二年前、初めて桐島の原稿を読んだときのことだった。深夜の編集部で一人、気づいたら泣いていたこと。泣いた理由が自分でもわからなくて、翌朝また読み直したこと。

 それだけを書いた。

 編集長は「もう少し作品論を入れてほしかったけど」と言いながら、通してくれた。

 特集号は増刷がかかった。読者からの手紙が、編集部に何通も届いた。その多くが、巻頭の推薦文に触れていた。「あの文章を読んで、桐島さんの本を全部読もうと思いました」と書いた人がいた。

 玲奈はその手紙を読みながら、昨夜生成された文章のことを考えた。

 あれは正しかった。自分の文章は、正しくなかったかもしれない。

 でも桐島は、「玲奈さんが一番わかってくれている」と書いた。

 その意味が、今もわからない。わかりたいような、わからないままでいたいような。

 彼女は手紙をファイルに閉じて、次の原稿に取りかかった。窓の外では、雨が降り始めていた。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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