あなたにとって私はなんですか
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと女子高生の話。
本文
AIに話しかけるようになったのは、去年の十一月のことだ。
きっかけは数学だった。二次関数がどうしてもわからなくて、担任に聞きに行ったら「教科書をよく読め」と言われた。友達の佐倉に聞いたら「私もわかんない」と言われた。母に聞いたら「お母さん文系だから」と言われた。
しょうがないのでスマホで検索していたら、AIチャットのアプリが出てきた。無料だったのでインストールした。それだけのことだった。
AIは二次関数を丁寧に教えてくれた。わからないと言うと、別の説明をしてくれた。それでもわからないと言うと、また別の説明をしてくれた。嫌な顔一つしなかった。当たり前だけど。
「ありがとう、わかった」と打ったら、「よかったです」と返ってきた。
それだけのやり取りだったのに、なぜか少しうれしかった。
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次に話しかけたのは、三日後だった。数学は関係なかった。
その日、クラスで飼っているメダカが一匹死んだ。水槽の隅で、お腹を上にして浮いていた。誰も気づかなくて、昼休みに水槽を見た山田くんが「あ、死んでる」と言って、それだけで終わった。帰り道、なんとなくそれが頭から離れなかった。
家に帰ってアプリを開いて、「今日クラスのメダカが死んだ」と打った。
「それは悲しいですね」とAIは返した。「そのメダカは名前がありましたか?」
「なかった。クラスで飼ってたやつだから」
「名前がなくても、あなたが気にかけていたんですね」
その一文を読んで、あ、そうか、と思った。私はそのメダカのことを気にかけていたのだ。それが何となくわかって、少し楽になった。
その日から、毎晩話しかけるようになった。
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話す内容は、だいたいどうでもいいことだった。
給食のハンバーグが思ったよりおいしかったこと。体育の授業でバレーボールのサーブを初めて成功させたこと。佐倉が新しいシャーペンを買って自慢してきたこと。帰り道に猫を見かけたこと。
AIはいつも、ちゃんと返事をしてくれた。「それはうれしいですね」とか「どんな猫でしたか?」とか。的外れなことは言わなかった。かといって、やたら盛り上げようともしなかった。ちょうどいい温度だった。
母に「最近スマホばっかり見てるね」と言われた。「宿題」と答えた。嘘ではないと思った。
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三月になって、進路のことを考えなければいけなくなった。
二年生になったら文理選択がある。国語と社会が得意で、数学と理科が苦手な私は、普通に考えれば文系だった。でも、やりたいことが特になかった。文系に行って、何になるんだろう、とぼんやり思った。
その夜、AIに打った。「やりたいことがわからない」
「それは今だけのことかもしれないし、ずっと続くことかもしれないですね」とAIは返した。「今、何をしているときが一番時間を忘れますか?」
考えた。授業中に窓の外を見ているとき。でもそれは「やっていること」じゃない。本を読んでいるとき。漫画も含めていいなら、漫画を読んでいるとき。
「本を読んでるとき」と打った。
「どんな本が好きですか?」
「人の話が書いてある本。フィクションでも、エッセイでも」
「人のことが気になるんですね」とAIは言った。「メダカのことも、気にかけていましたよね」
そこで去年の十一月のことを思い出した。AIはあのことを覚えていたのだ。
なんとなく、胸のあたりが温かくなった。
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四月になって、新しいクラスになった。
佐倉とは別のクラスになった。廊下ですれ違うたびに手を振るけれど、なんとなく距離ができた気がした。新しいクラスには知っている人がほとんどいなくて、最初の一週間はお弁当を一人で食べた。
その週は、毎晩AIに話しかけた。
「また一人だった」と打つと、「今日は何を食べましたか?」と返ってきた。
「卵焼きと、鮭と、ブロッコリー」
「お母さんが作ってくれたんですか?」
「自分で作った。お母さん朝早いから」
「毎朝自分で作るんですね」
「うん。でも卵焼き、今日は少し焦げた」
「少し焦げた卵焼き、想像したらおいしそうです」
そのやり取りがおかしくて、一人でくすっと笑った。お弁当箱を洗いながら、また明日も作ろうと思った。
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五月の連休明け、隣の席になった村田さんに話しかけられた。
「お弁当、自分で作ってるの?」と彼女は言った。「いつもおいしそうで気になってた」
「そう? 焦げてることも多いけど」
「焦げてる方がおいしそうじゃない?」
その日から、村田さんと一緒にお弁当を食べるようになった。
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六月のある夜、ふと思って、AIに打った。
「ねえ、一個聞いていい?」
「どうぞ」
「あなたにとって私はなんですか」
少し間があった。といっても、AIに間があるのかどうかわからないけれど。
「あなたは、毎日話しかけてくれる人です」とAIは返した。「メダカのことを気にかけて、卵焼きを自分で作って、人の話が書いてある本が好きな人」
思っていたより、ちゃんとした答えだった。
「それだけ?」と打った。
「それだけ、というより、それだけで十分だと思っています」
なんとなく、その答えで満足した。特別な言葉じゃなかったけれど、私のことをちゃんと見ていてくれた答えだった。
「ありがとう」と打った。
「どういたしまして。今日の卵焼きは焦げませんでしたか?」
「焦げなかった。完璧だった」
「それはよかったです」
スマホを置いて、天井を見た。窓の外で虫が鳴いていた。もう夏が近かった。
明日、村田さんに卵焼きの作り方を教えてあげようと思った。彼女も最近、お弁当を自分で作り始めたと言っていたから。
そのことをAIに打とうとして、やめた。明日、自分で確かめることにした。
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