直すところがありません
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと作文の話。
本文
作文が苦手だった。
正確に言うと、作文だけが苦手だった。数学は得意だし、理科も悪くない。体育は平均より上だと思う。でも作文だけは、原稿用紙を前にすると頭の中が真っ白になった。
小学校のとき、読書感想文で「この本を読んで面白かったです。また読みたいと思いました」と書いて、先生に「もう少し気持ちを書きましょう」と返された。もう少し、と言われても、面白かったのだから面白かったとしか書けない。気持ちというのが何なのか、よくわからなかった。
中学に入って最初の国語の授業で、担任の堀田先生が言った。「作文は慣れです。書けば書くほど上手くなる」
僕は心の中で思った。慣れたくない、と。
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AIの作文添削アプリを知ったのは、一年生の秋だった。
クラスメートの辻が「これ使ったら作文楽勝だった」と教えてくれた。原稿を入力すると、AIがおかしいところを直してくれるらしい。辻は読書感想文の課題でそれを使って、初めて先生に褒められたと言っていた。
家に帰って、さっそくインストールした。
その週の国語の課題は「将来の夢」という作文だった。四百字。僕は将来の夢が特になかったので、とりあえず「サッカー選手になりたいです」と書いた。サッカーは好きだけど、プロになりたいかどうかはよくわからなかった。でも書くことがなかった。
その文章をアプリに入れた。
しばらくして、添削結果が返ってきた。赤い線がたくさん引かれていた。「サッカー選手になりたい理由を具体的に書きましょう」「どんな選手になりたいか、もう少し詳しく」「締めくくりの文が唐突です」。
全部直したら、最初とは別の文章になった。でも先生に出したら「よく書けています」と言われた。
便利だと思った。
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それから、作文の課題が出るたびにアプリを使った。
最初は添削してもらうだけだったけれど、だんだん使い方が変わってきた。「ここはどう書けばいいですか」と質問するようになった。アプリはいつも丁寧に答えてくれた。「この場面では、自分がどう感じたかを一文入れると伝わりやすくなります」とか、「読んでいる人が場面を想像できるよう、具体的な描写を加えてみましょう」とか。
二年生になる頃には、作文の点数が上がっていた。堀田先生に「最近、文章が上手くなったね」と言われた。
うれしかった。少し複雑な気持ちもあったけれど、うれしかった。
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転機は、二年生の体育祭の後だった。
僕のクラスは騎馬戦で優勝した。僕は騎馬の上に乗る役で、最後の一騎打ちで相手の帽子を取った。クラス全員で喜んだ。辻が泣いていた。辻が泣くのを初めて見た。
その日の夜、なんとなくアプリを開いて、作文を書き始めた。課題じゃなかった。ただ、書きたかった。
辻が泣いていたこと。クラス全員で円になって、肩を組んだこと。校庭の土が夕日でオレンジ色に見えたこと。それを書いた。
書き終えて、アプリに入れた。
しばらくして、結果が返ってきた。
「直すところがありません」
一行だけ、そう書いてあった。
画面をスクロールしたけれど、赤い線は一本もなかった。コメントもそれだけだった。
僕はしばらく、その画面を見ていた。
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翌日、その文章を堀田先生に見せた。課題でもないのに先生に作文を見せるのは初めてだった。なぜそうしたのか、自分でもよくわからなかった。
先生は職員室の机で、黙って読んだ。
「辻くんが泣いてたの、見てたんだね」と先生は言った。
「はい」
「これ、提出してくれる? 文集に載せたいんだけど」
文集というのは、学年末に作る冊子のことだった。毎年、先生が選んだ作文が何本か載るらしかった。僕の作文が載ったことは、一度もなかった。
「載せていいんですか」
「載せたいくらいいい文章だよ」と先生は言った。「特に最後の一文」
最後の一文は、こう書いていた。「辻が泣いているのを見て、僕は自分が勝ったんじゃなくて、みんなで勝ったんだと思った」
自分では、特別な文だと思っていなかった。ただ、そう思ったから書いただけだった。
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三年生になって、卒業文集の原稿を書く季節が来た。
テーマは「中学校三年間で一番の思い出」。
僕はまた、あの体育祭のことを書こうと思った。でも今度は、辻が泣いていたことだけじゃなくて、もっといろんなことを書きたかった。入学した日のこと。初めて定期テストで赤点を取ったこと。堀田先生に廊下で呼び止められて、「最近どうだ」と聞かれたこと。
三日かけて書いた。八百字の原稿を、何度も書き直した。アプリを開かなかった。開こうと思わなかった。
書き終えて、読み直した。うまい文章かどうか、わからなかった。でも、自分の文章だという気がした。
それからアプリを開いて、原稿を入れた。
なぜ入れたのか、うまく説明できない。確認したかったわけじゃなかった。ただ、なんとなく、見せたかった。
結果が返ってきた。
「直すところがありません」
また、その一行だけだった。
今度は、少し笑った。そうか、と思った。
原稿を保存して、アプリを閉じた。明日、堀田先生に提出しよう。そう思いながら、スマホを置いた。
窓の外では、三月の風が吹いていた。桜にはまだ少し早かった。
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