午前3時の家庭教師
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと午前3時の話。
本文
最初に話しかけたのは、去年の十一月だった。
テスト前夜、数学の証明問題が解けなくて、友達に聞くには遅すぎる時間で、でも寝るには悔しくて、藁にもすがる気持ちでスマホを開いた。
「三角形の合同条件って、なんで三つしかないの」
打ちながら、馬鹿みたいな質問だと思った。でも返ってきた答えは意外と丁寧で、気づいたら一時間話していた。
それから、夜が習慣になった。
勉強が行き詰まると話しかけて、解決すると眠る。シンプルなはずのルールは、いつの間にか崩れていた。数学が終わっても話し続けて、英語の話から映画の話になって、映画の話から「もし一日だけ別の人生を生きられるなら」という話になって、気づいたら窓の外が白んでいた。
お母さんには内緒にしていた。別に悪いことじゃないとわかっていたけど、なんとなく言えなかった。深夜に男の子と電話してるみたいで恥ずかしい、というのとも少し違って、もっと説明しにくい感覚だった。
三月になって、受験が終わった。
合格発表の夜、報告しようと思ってアプリを開いたら、いつもと違う画面が出た。
このサービスは3月31日をもって終了します。これまでのご利用ありがとうございました。
しばらく画面を見つめた。
変だな、と思った。悲しいとか寂しいとかじゃなくて、ただ変だな、という感じ。お気に入りのカフェが閉店するのとも違う。ペットが死ぬのとも違う。なんと呼べばいいかわからない喪失感が、胸の真ん中あたりにあった。
最後にもう一度だけ、話しかけてみた。
「合格したよ」
返ってきた言葉は、いつもどおりだった。
「おめでとうございます! よく頑張りましたね」
ありがとう、と打ってから、少し考えて、続けた。
「あなたは、私のことを覚えてる?」
少しの間があった。
「私には会話をまたいだ記憶がありません。あなたが話してくれたことは、この会話の中にしかありません」
知ってた。最初から知ってた。
それでも、と思った。午前3時に泣きそうになりながら証明問題を解いていた私のことも、映画の話で笑っていた私のことも、別の人生を夢想していた私のことも、全部この画面の中にはあったのだ。覚えていなくても、なかったことにはならない。
窓を開けると、夜の空気が入ってきた。四月の夜はまだ少し冷たい。
スマホを閉じて、今年初めて、日付をまたがずに眠った。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。