第10話:【情動】要塞方舟(アーク)の設計図と情動の采配
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第10話:【情動】要塞方舟(アーク)の設計図と情動の采配
本文
「アーク計画」――。
それは、リュウガが私の古い設計図に、2000年前の「移動都市システム」を接ぎ木してぶち上げた、狂気的な避難計画だった。
本格的な襲撃が予測される中、リュウガは工房自体を「移動要塞トレーラー」へと改造することを提案した。私の愛車であるボロいスクラップバギーが、巨大なトレーラーハウス(アーク)を牽引するというのだ。
「いいか、エリー。この連結機構こそが要だ」
リュウガは、2000年前の設計図をホログラムで投影した。青白く光るその図面は、教団の歪な幾何学魔法陣とは一線を画す、冷徹なまでに無駄のない機能美に満ちている。
ケーキの塩分を0.001%単位で制御したあの精密さが、今は100トンを超える鋼鉄を操るための論理として組み上げられていた。
「バギーの出力をマナ・電気変換エンジンによって増幅し、ナノマシンを介した電磁誘導によってアークと非接触連結する。マナを電子に置換し、超高効率の超伝導回路を回すことで、スクラップ同然のバギーが100トンの質量を時速200キロで牽引可能になる」
「マナを電気に……? 意味は分からないけど、この回路図の美しさは本物だわ!」
研究バカの血が沸騰した。教団の魔導師たちが詠唱のたびにオゾンの匂いや余剰熱を撒き散らしているのを尻目に、このシステムは全てのエネルギーを「推進力」へと変換する。魔法という名のバグを、純粋な物理法則で上書きしていく快感。私たちはそこから3日間、食事も睡眠も惜しんで作業に没頭した。
だが、その最中、背後で別の「不穏な改変」が進んでいた。
「……ちょっと、あんたたち。内装はどうなってるのよ」
ふと作業の手を止めてアークの居住区を覗いた私は、絶叫した。
「な、なによこのピンクのフリルは! なんでカウンターに『萌え萌え』なんて看板がついてるのよぉぉ!!」
「母様、私たちは『最強のメイド隊』。ならば拠点は『最高級のメイド喫茶』であるべきとの論理的帰結ですわ(微笑)」
「そうです。これは2000年以上前にあったという『めいどかふぇ』という崇高で神聖な場所を再現したものなのです!」
次女オルガが胸を張る。さらに、チェロはやや鼻息が荒い。
彼女たちはその高い身体能力――ナノマシンによる原子レベルの制御を、あろうことかフリルの黄金比やレースの透過率を調整するために浪費していた。数トンの装甲板を曲げる指先で、ミリ単位の刺繍を狂いなく施していくその光景は、もはや「技術の暴力」としか言いようがない。
さすがに、やりすぎ。
私は、頭を抱えた。
「看板娘の私が、父様をメロメロにするプロトコルを実装済みですっしょ!」
五女ユーフィがエプロン姿でピースを決める。
「あんたたちの趣味で勝手にデコるんじゃなーい!! 全部剥がしなさい、今すぐに!!」
私の怒号も虚しく、3日目の深夜。
私はついにデスクの上で力尽きた。
意識が遠のく中、誰かが私の隣に立った気配がした。
「……不合理な寝顔だ。だが、この造形には計算では導き出せない『機能美』があるな」
リュウガの声。彼は私の汚れた丸眼鏡をそっと外し、無機質な瞳で私の寝顔を見つめていた。
「1分で十分だ。このデータを保存する」
彼は不器用に、けれど丁寧に、私の肩に厚手の毛布をかけた。その指先がわずかに頬に触れ、私は夢の中で少しだけ、心臓の鼓動を早めた。その手の熱さは、魔法のような不快な余熱ではない。生命を維持するための、最も効率的で優しいエネルギーの鼓動だった。
翌朝。
改修用の特殊パーツを調達するため、私たちはあの赤髪の女の観測用ドローンが巣食う「廃墟の街」へ向かった。本当は行きたくなかったけど、パーツがないと先に進まないからしかたない。
護衛は長女チェロと七女クララ。バギーの運転席にはリュウガ、助手席に私が座る。
「エリー。これより遭遇するドローン軍団への対応、すべての指揮権を君に委ねる」
ハンドルを握るリュウガが、前を見据えたまま言った。
「……は? ちょっと待ちなさいよ。何を言ってるの?」
私は思わず、彼の横顔を凝視した。
「すべての指揮権って……あんた、正気? 私はしがない研究者よ。没落したとはいえアルテミシアの令嬢で、ずっとカビ臭い地下室で人形と向き合ってきたの。剣も魔法も研究対象であって、実戦なんて専門外。軍人でもなければ、戦闘のプロでもないのよ! この前はやけくそでやったけど! そもそもど素人に指揮なんてできるわけないじゃない!?」
私の当然の抗議を、リュウガは無機質な声で切り捨てた。
「私が管理者権限で命じれば、彼女たちは『命令通り』に動く。だが、それは最適化されただけの機械の挙動だ。彼女たちの魂の根幹を組み上げたのは君だ。……君の不合理な情動だけが、彼女たちのバグを『力』に変えられる。本当の母として、その魂に直接命じるんだ」
直後、上空から12機のドローンが急降下してきた。敵ドローンの魔法陣が展開され、大気を無駄に加熱する不快な熱歪みが発生する。シスターズの戦闘を見てしまうと、長い詠唱に縛られた、あまりに「遅い」攻撃の予兆だ。
「母様、下がってください! 敵機、12。射程内に入ります!」
チェロがバギーの前に飛び出し、ナノマシン制御による超高速移動で盾となった。加速の予兆を消したその動きは、石畳をクレーター状に粉砕しながら、物理法則の限界で最短距離の座標を書き換えていく。
「クララ、環境ハッキングを開始! 敵のセンサーを狂わせて、射線を確保!」
「了解。……てぇてぇ妨害電波、展開。……萌えの暴風で、視界をデリートしますわ」
クララが鉄扇を振り、猛烈な突風でドローンの機体を押し戻す。彼女の周囲で気圧が極端に変動し、魔法発動時に漏れ出した余剰マナを物理的な風圧で霧散させていく。
私はタクトを握りしめた。恐怖が蘇る。心臓が口から飛び出しそうだ。自分は戦いの素人だという自覚が、足をすくませる。だが、リュウガは運転に徹し、私を信じて一切の指示を出さない。
「チェロ! 真面目に守るだけじゃダメよ! その硬すぎる生真面目さを上書きしなさい! 不規則なステップで、敵の予測をブチ抜きなさい!!」
「……不規則な、生真面目さ……? はい、了解いたしました、母様!」
半ば自棄になった私の叫びが、チェロの動きを変容させた。精密すぎるがゆえに隙のあった動きに、エリーの「不合理な情熱」というノイズが加わり、予測不能な殺戮のステップへと昇華される。チェロは瞬時に慣性を無視した急停止と急旋回を繰り返し、敵ドローンの非効率な魔法演算を完全に置き去りにした。
クララの気圧制御による環境破壊と合わせ、12機のドローンはわずか3分で鉄屑へと変わった。
「やった……。私、できたわ……」
私は震える手で、高出力エンジンパーツを回収した。
アークの基礎フレームが、青白い放電と共に組み上がっていく。
「私、あの赤髪の女リディアに勝てるかもしれない……ううん、絶対に勝つのよ!」
初めて口にした前向きな言葉。だが、その言葉はリュウガへの独占欲と混ざり合い、私の瞳に暗い熱を宿らせた。
そして、なんかとんでもないことを口走ってしまったのだ。
「……ねえ、リュック。あんたを狙うドローンも、あんたに触れようとする女も、ゴミ一つ残さず私が全消去(デリート)してあげる。安心して私の隣にいなさいね……?」
私の唇に、自分でも驚くほど冷酷で、甘い笑みが浮かんだ。
『【解析】エリー様、勝利の余韻により「ヤンデレ・プロトコル」が覚醒。独占欲の数値が、アークの最大馬力を超えました(・∀・)』
「ファーファ! 今のはなし、なしなのーーーーー!!! 次のパーツの場所を出しなさーい!!」
「いや、待てエリー。その『顔を真っ赤にして独占欲を露わにする表情』は、被検体として非常に興味深いパラメーターだ。……ファーファ、俺のローカルフォルダにも同期(バックアップ)を頼む」
「リュックゥゥ! あんたまで何言ってんのよ!私の黒歴史を保存するなーー!」
「ん? ダメなのか?」
「あ、いや、その。ごめん、リュウガ。そういうことではなくて……もごもご……」
「マスターと奥様の愛、暴走中。……てぇてぇ……どころか、命の危険を感じますわ。ログ、機密フォルダへ隠蔽」
夕闇の廃墟に、私の高笑いが響く。
要塞方舟アーク。それは、私たちの愛と狂気を乗せて、間もなく産声を上げるだろう。