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第56話:【規律】工業都市ヴォルガ、生活班長の志

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あらすじ

物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第56話:【規律】工業都市ヴォルガ、生活班長の志

本文

国境を越え、救済キャラバンが辿り着いたのは、空を黒い煤煙が覆い尽くす鉄の街だった。

 帝国北部の工業都市「ヴォルガ」。旧文明のプラントを基盤とするこの街は、「物理法則を信仰し、魔法をバグとして忌む」という極端な文化を持つ、帝国随一の生産拠点だ。

 私たちは、追っ手の目を晦ますために街の外縁部にあるスラムの廃工場に『アーク』を隠した。本来なら一刻も早く北へ向かいたいところだが、今の私たちには2つの「欠乏」があった。1つは極北に建つという「北の塔」の具体的な情報、そしてもう1つは、崩壊しつつあるリュウガの実体を繋ぎ止めるための、特殊な伝導パーツだ。

『マスターの肉体整合性、52%まで低下! このままだとデリート待ったなしだお(゚∀゚)!』

 バギーの周りを浮遊する球体AI、ファーファが騒々しくエラーログを空中に投影する。

「うるさいわねファーファ! 分かってるわよ、だからこうして潜伏してるんじゃない!」

 バギーの座席でリュウガの身体を支えながら、私はヴォルフとリディアに指示を出した。

「あんたたちはまだ帝国側に顔が割れていないわ。ジャンク市で『高純度単結晶シリコン』の廃材を探してきて。……あと、北に関する噂もね」

「了解だ、エリーの嬢ちゃん。俺のような油臭い親父は背景と同化できるからな」

 リディアの視線の先、四女ルーテが音もなく影から踏み出した。

「……随行。……汚物は、排除します。」

 光学迷彩のマントを羽織ったルーテに、解析担当の六女ヴィオラ、消音担当の九女ハープが続く。この3人なら、潜入のプロだ。

 彼女たちがジャンク市へ向かうのを見送り、私はアークの中へ戻ろうとして、入り口に貼られた1枚のメモに目を留めた。

『清掃プロトコル:許容範囲を32%逸脱。不衛生は罪。磨きなさい。――生活班長』

 ルーテの残した「規律」だった。彼女が不在の間、副官を任された八女テューバが、半べそをかきながら拳を握りしめている。

「お、お姉様の指示ですぅ! 父様の演算能力を下げないために……全員、磨くですよぉ!」

 ルーテの「無言の圧力」に従い、普段はのんびりしているテューバが怪力で数トンの瓦礫を動かし、五女ユーフィが双剣を雑巾代わりに振るって隅々まで煤塵を払っていく。アークの中は、潜入作戦中とは思えないほど騒がしく、それでいて彼女たちなりの「規律」に満ちていた。

「……ルーテに『父様の部屋をピカピカにしろ』って無言で指差されたわよ。リュウガ、あんた愛されてるわね」

 照れ隠しにリュウガの世話を焼く私に、彼は微かに笑い、透け始めた指先で私の手を握り返した。

 一方、ヴォルガのジャンク市。

 ヴォルフとリディアは、ルーテたちが周囲の気配を殺して護衛する中、山積みのスクラップを物色していた。街の広場では、灰色の法衣を纏った論理教団の信徒たちが、拡声器を使って説法を行っている。

「魔法はバグだ! 祈りはノイズだ! 我々は、不変なる万有引力と、揺るぎなき熱力学の理の下にのみ、真実の救済を得るのである!」

 その説法に、市民たちは熱狂的に跪いている。彼らにとって、旧文明の技術を「魔法」として崇める王国は野蛮そのものであり、魔導工学師の作品は「不純な魔法の紛い物」として蔑まれていた。

(通信機越しにそれを聞いていた私は、思わずマイクを掴んで叫んでいた。)

「物理、物理ってうるさいわね! 物理こそが愛を受け止めるための『器』なんだから! 私の作る回路には、あんたたちの知らない情熱がハンダ付けされてるのよッ!」

「……母様。……通信、筒抜け。」

 ルーテの短いツッコミに私は口を噤む。その時、別行動で地下組織の酒場に潜り込んでいたカイルから、通信が入った。

「エリー、リュウガ。……妙な噂を掴んだ。極北の地に、あらゆる病を癒す『北の塔』という旧文明の聖域があるらしい。そこへ至る道こそ、かつての大規模搬送路の跡地――『絹の道(シルクロード)』の一部だ」

「シルクロード……? なによそれ。絹でも織りながら進む道だって言うの?」

 私が思わず聞き返すと、リュウガの瞳に一瞬だけ、鋭い光が走った。

「……旧文明における最古の交易路の名称だ。アリスが、極東への避難路にその名を冠したんだろう。2000年前に仲間たちを極東へ逃がした、エクソダス計画の残骸……希望の道の名だ」

 その直後、ヴォルガの街を激震が襲った。

 だが、それは通常の地鳴りではない。空に浮かぶ煤煙が、まるで読み込みエラーを起こした画像のように、四角いポリゴン状に崩落し始めたのだ。

「……次元震!? こんな街中で、この規模のものが!?」

 人々の悲鳴が響き渡る。

「空が……空が立方体に割れてるぞ!」

「物理法則が死ぬ! 論理の神よ、お救いください!」

 物理法則を信奉していた市民たちが、その拠り所である空間そのものが「デジタルのゴミ」のように崩れていく光景を前に、腰を抜かして震えている。

「エリー、下がれ! 空間の因果律が……完全に破綻している!」

 リュウガが前に出た。だが、崩れ落ちる瓦礫の下には、逃げ遅れた子供や老人が数多く残されている。潜伏を貫くなら、ここで動くべきではない。見過ごして去るのが正解だ。

 ……けれど、そんなの「私の家族(シスターズ)」に言えるわけがない。迷う私の背中を、リュウガの静かな声が押した。

「エリー……君なら、見捨てないだろ?」

「リュウガ……?」

「そんな君だから、俺は惹かれたんだ。……行け。正体が何だ、後のことは俺が何とかしてやる」

 青白いノイズをまといながら、リュウガは不敵に笑ってみせた。その「かっこよすぎる」旦那様の顔に、私の迷いは一瞬で吹き飛んだ。

「コルネ、ユーフィ、オルガ、チェロ! 出なさいッ! セフィラ、屋根の上から瓦礫を排除しなさい!」

 1号車のルーフで静かに佇んでいた白銀の特務機セフィラが、真紅の瞳を細める。

「……了解。……不確定要素、排除します」

 セフィラが放った振動剣の一閃が、市民の頭上に降り注いでいた数トンの瓦礫を、原子レベルで霧散させる。

 チェロが巨大な盾を物理的に固定して崩落を食い止め、コルネの炎が道を塞ぐ残骸を焼き切り、オルガが負傷者を救い上げる。

「強制執行(オーバーライド)――空間座標、一時固定(ロック)!!」

 リュウガがまだ実体を保っている左腕を高く掲げ、瞳をディープブルーに染め上げた。Admin権限の断片を強引に引きずり出し、空間そのものを繋ぎ止める。

 だが、その代償は、あまりに残酷だった。

「――っ、ア、アアアアアアアアアアッ!!!」

 リュウガが絶叫した。

 彼の右腕。Root権限の欠片が暴走したその腕が、バチバチと激しい火花を散らしながら――完全に消失した。ポリゴン化の末の「存在の抹消」。

「リュウガ!? 嫌……嫌よ! あんたの腕が……!」

 血の流れない、ただ虚無だけが残った彼の肩を、私は震える手で押さえた。

 周囲では、市民たちが呆然と私たちを見つめている。

「なんだ……今の光は。魔法か……? 魔法使いが、俺たちを……」

「化け物だ! でも、助かったのか……?」

『マスター、右腕のデータロストを確認(゚∀゚)! 存在維持率、38%まで急落だお!』

 ファーファが無情なアラートを撒き散らす。

「……潜伏は失敗ね。ルーテ、ヴィオラ、ハープ! ヴォルフとリディアを回収して脱出するわよ!」

 アークのエンジンが咆哮を上げる。街中にいた3人は、ジャンクを抱えたヴォルフたちを担ぎ上げ、屋根伝いに全速力で合流した。

「リュウガ、目を開けて! しっかりしてよッ!」

 私の腕の中で意識を失いかけたリュウガの脳裏に、強烈な記憶が蘇っていた。

(……温かい……。吹雪の中で、誰かの手を……握っている……)

 それは、2000年前に失われたはずの、「極東の少年」としての彼自身の記憶。

「絹の道……へ……。エリー、……行かなきゃ……」

 救済キャラバンは、右腕を失った主を抱え、崩壊するヴォルガを背に、闇の中へと消えていった。

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ざつ

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