第132話:【朝日】エチオピアの朝日
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第132話:【朝日】エチオピアの朝日
本文
目を開けると、青かった。
ガイア・コアの光が、静かに脈打っている。さっきまで殺意に満ちていた多面体の残骸は、ナノマシンの塵となって空気に溶けていた。
音がない。戦闘の轟音が嘘のように、工房は静まり返っていた。
「……終わった?」
ピッコが、演算球体を抱えたまま呟いた。
『ガイア・コア、プロトコル書き換え完了。感情=仕様。管理権限残量……0パーセント。全防衛機構、停止』
壁面の回路を数字が流れていく。赤い光は一つも残っていなかった。全てが、青に変わっている。
リュウガが壁にもたれて座り込んでいた。義手がだらりと垂れ、目は開いているが焦点が合っていない。
「動ける?」
「……5分くれ」
私はリュウガの隣に座った。冷たい金属の床が、不思議と心地よかった。
壁際ではセフィラが横たわり、ヴォルフが黙々とフレームの応急処置を続けている。リディアがその横で工具を手渡していた。二人の連携に言葉はなく、ただ手だけが動いている。
「リュウガのバイタルも確認しておきますわ」
ピッコが演算球体をリュウガの胸に近づけた。
「Admin権限、完全枯渇。ですが生体機能は安定。……馬鹿みたいに頑丈ですわね」
「褒めてるの?」
「感謝も込めて」
10分が経った。誰も立ち上がらなかった。
最初に沈黙を破ったのは、テューバだった。
「……お腹空いたよぉ」
小さな声だった。恥ずかしそうに俯いて、ランチャーを抱え直す。
「マナを直接吸収できるようになっても、お腹は減るんだよぉ……。ねえ、コルネ」
「そうそう。マナで動けても、胃袋は別腹なんだよね」
「つーか、エネルギー的には足りてるはずなのに、なんでこんなに食べたいわけ? マジ意味わかんないんだけど」
ユーフィが腹を押さえた。
「それが『生きてる』ってことよ」
私は立ち上がりかけて、また座った。足に力が入らない。
「温かいものを口にしたいって思うのは、あんたたちに心がある証拠なの」
「……母様がたまにいいこと言うと、逆に怖いんだけど」ユーフィが真顔で呟いた。
「たまにって何よ!」
私は笑った。声を出して、笑った。泣きそうだった。でも笑った。
螺旋階段を登る体力は、全員にほとんど残っていなかった。だが登らなければ、空の下には出られない。10キロ。垂直に、10キロ。
「行くわよ」チェロが立ち上がった。
「帰りましょう。お日様の下に!」
リュウガが私の肩を借りて立った。セフィラはヴォルフが背負った。リディアが先頭を歩き、ファーファが照明代わりに飛んだ。
帰りの階段は、行きより長く感じた。足が重い。空気が薄い。だが、誰一人として止まらなかった。
ヴィオラが扇子で自分を仰ぎながら、息を切らしていた。
「……こんな汗だくの姿、誰にも見せられませんわ」
「見てるのボクらだけだから大丈夫だって」
「あなたたちに見られるのが一番恥ずかしいのよ」
階段の途中で、先行して安全確認していたクララと合流した。ドローン100機が回収モードで彼女の周囲を蜂のように旋回している。
「遅いわ」クララが言った。その手にはすでにカメラ端末が握られていた。
「40キロ走ってきたやつに言われたくないわよ」
「バイクは30キロ。走ったのは10キロだけですわよ」
「で、バイクは?」
「燃えましたわ、母様。……燃える瞬間、撮りましたけど観ます?」
クララは無表情のまま端末を掲げた。画面には、白煙を上げて炎上するバイクが完璧な構図で収められている。
「撮ってる場合か!」
「記録は義務であり、私の本能ですわ」
クララがリュウガの反対側の肩に入った。私とクララでリュウガを支えて登る。
光が見えたのは、それから2時間後だった。
門を抜けた瞬間、風が吹いた。
乾いた、冷たい、高原の風。標高2400メートルの、エチオピアの風。
空が、赤かった。
東の地平線から、朝日が昇ろうとしていた。2000年間、廃都の上を何万回と通り過ぎた朝日が、今日も変わらずに昇っている。風化したビルの骨格が、朝焼けに染まって赤く光っていた。
「……きれい」
オルガが呟いた。慈愛の微笑みではなく、ただの少女のような顔で空を見上げていた。
全員が、立ち止まった。誰も何も言わなかった。ただ、朝日を見ていた。
リュウガの義手が、私の手を握った。冷たい金属の感触。でも、その力加減だけは温かかった。
「帰るか」
「帰るって、どこに?」
「お前の店だ。極東の、あのボロい修理屋に」
「ぶーー、ボロいって言うな……。まあ、あんた専用のメンテナンス・ベッドくらいは新調してあげてもいいけどね」
笑い声が、朝日の中に溶けた。
キャラバンに戻ると、カイルが腕を組んで待っていた。
「12時間ですね。長い夜でした」
「ごめん。ちょっと世界を直してた」
「ファーファ殿から逐一報告を受けておりました」
カイルは口元をほんの少しだけ緩めた。
「食事の用意をしてあります。まず召し上がってください」
キャラバンの中は温かかった。携帯コンロの上でスープが煮え、乾燥パンが山積みになっている。カイルと従者隊が、12時間かけて全員分を用意していたのだ。
「カイル、あんた最高!!」
「お褒めにあずかり光栄です。……ただ、普段はシスターズの皆様が作ってくださっていましたので。従者隊総出で挑みましたが、傭兵上がりの飯です。味はご容赦を」
テューバが一番にスープを受け取り、両手で包んで、小さく息を吹きかけた。恥ずかしそうに、でも幸せそうに、一口飲んだ。
「よし。食事が済んだら、帰路の計画を立てましょう」
チェロの委員長モードに、全員が背筋を伸ばした。
「来た道を戻るのが基本だろう。シルクロード経由で15,000キロ」
リュウガがスープを啜った。
『じゃが、末端のシステムが新しい定義に適応するには時間がかかる。暴走する防衛機構や変異体が出てもおかしくないぞ』
ソフィアの声が演算球体から響いた。
「つまり帰り道でも戦闘がある!?」
コルネが目を輝かせた。
「嬉しそうな顔しないの」
オーボエが睨んだ。
「それに、まだ見ていない場所がある」リュウガが湯気の向こうから静かに言った。
「インド、アフリカの南、アメリカ大陸。ガイアの端末は世界中にある。再定義が正しく行われているか、確認する必要がある」
「……お父様、それ帰り道じゃなくて世界一周ですわよ」
ヴィオラが扇子を開いた。
「まぁ、そうなるな」
私はスープのカップを置いた。
「いいじゃない。行こうよ。世界を直したんだから、動作チェックは修理屋の基本でしょ」
「その前にクロノスに寄らないと。ソフィアもマルクたちも待ってるし」
ユーフィがパンを頬張りながら言った。
「それから極東に戻って、セーラ様に報告ですな」
カイルが地図を広げた。
「セーラに怒られるかもね。『勝手に世界直しちゃったわよ』って」
「あの方であれば、怒るより先に帳簿を突きつけてくるでしょうな。『復興の経費を請求しますわ』と」
カイルが真顔で言って、全員が笑った。
食事が済むと、シスターズたちが動き始めた。
「ちょっと待って、これ撮らない?」
ユーフィがメイド服のスカートを翻して、ボーンとコルネの肩を引き寄せた。
「あーしら生き残ったんだよ? 地底10キロで世界救ったんだよ? 記念でしょ!」
「撮る撮る撮るゥ! 地底帰還記念セルフィー!」
ボーンがカメラを構えた。
「ボクも入る!」
コルネがピースした。
三人がぎゅっと顔を寄せた瞬間、背後からシャッター音が重なった。
クララだった。三人の後ろに無表情で立ち、端末で連写している。
「……クララ姉、いつからいたの」
「ふふん、最初から!」
クララの目が、据わっていた。端末を握る指が微かに震えている。
「てえてえですわ……てえてえですわ……このアングル、この光、この三人の距離感……完璧ですわ……」
『クララ姉が覚醒したお! てえてえ中継、緊急開局だお!』
ファーファが即座に全チャンネルを開いた。
「解説のヴィオラですわ。ご覧くださいまし、コルネの左手がユーフィの肩に自然に回っている。この距離感は意図的ではなく本能的なもの。姉妹の絆が身体レベルで刻まれている証拠ですわね」
「実況のボーンですよぉ! さらにボーンさんがセンターで満面の笑みィ! 破壊力がカンストしてるんですよぉぉ!」
「主審のクララです。判定――てえてえ。文句なしの満点ですわ。永久保存確定!!」
「あなたたち、いいから仕事しなさい!!」
オーボエの怒声が飛んだ。
「はーい」
四人が同時に散った。
でも、クララだけは散りながらもう3枚撮っていた。私は観てたわよ。
チェロの号令で、シスターズがメイド服に着替え始めた。戦闘装甲を外し、白いエプロンを付け、ヘッドドレスを整える。さっきまでガトリングを撃っていた少女たちが、てきぱきとキャラバンの整備を始めた。
オルガがセフィラの精密検査に入り、ハープが補給品の在庫を確認し、ルーテが黙って荷物を整理し、テューバが黙ってその隣で手伝った。
ヴィオラはメイド服の上にロングライフルを背負い、キャラバンの外周を警戒していた。クララも同じ格好で反対側を歩いている。ただしクララの左手には常に端末がある。
「クララ、警戒中よ」
ヴィオラが扇子越しに視線を送った。
「してますわ。右目で警戒、左目で構図」
「……器用ですわね」
「てえてえ記録に休みはありませんので。……あ、ヴィオラ姉、今の横顔すごくいい。もう一回やっていただけます?」
「やりませんわよ……恥ずかしい」
ヴィオラは深い溜息をついた。だがその横顔もクララに撮られていた。
キャラバンのエンジンが、唸りを上げた。
カイルがハンドルを握り、リディアが隣で地図を広げた。ヴォルフはセフィラの修理を続けている。ファーファが窓辺で外の景色を記録していた。
朝日が、完全に昇っていた。
リュウガが、窓の外を見ていた。義手を膝の上に置いて、静かに。
「何見てるの?」
「空」
「きれい?」
「……ああ。きれいだ」
リュウガは、滅多にそういうことを言わない。だからその一言が、胸に沁みた。
ピッコが後部座席で目を閉じていた。小さな体が規則正しく上下している。
ソフィアの声が、微かに聞こえた。
『……まぁ、悪くない朝じゃのう』
私は窓に頬杖をついて、流れていく荒野を眺めた。
世界は、まだ壊れている。カオスゾーンは残っているし、各地のガイア端末がどうなっているかも分からない。帰り道は長い。15,000キロ。戦闘もあるだろう。
でも、隣にリュウガがいる。後ろにシスターズがいる。カイルがハンドルを握って、リディアが道を読んで、ヴォルフが直して、クララが記録して、ファーファが繋いで、ピッコが計算して、ソフィアが導いて。
セフィラが、目を覚ます日も近い。
帰ろう。長い長い帰り道を、この家族で。
エチオピアの朝日が、キャラバンの背中を押していた。
――第6章 完
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。