第133話:【銀花】ナノマシンの花、サハラの春
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第133話:【銀花】ナノマシンの花、サハラの春
本文
砂漠が、歌っていた。
いや、正確には「風の音が戻っていた」と言うべきなのかもしれない。エチオピアのオリジン・サーバーで世界を再定義してから――Gaiaのリセット・プロトコルを「感情=仕様」に書き換えてから、もう何日が経っただろう。北へ向かうアークの窓の外に広がるサハラの大地は、行きに見たそれとは全く違う顔をしていた。
「……銀色の花?」
私は助手席から身を乗り出して、砂の間から咲く奇妙な植物を見つめた。
花弁のように広がった葉はナノマシンの微細な金属光沢を帯びて、夕陽を受けてきらきらと輝いている。だがそれは純粋な機械ではなく、根元には確かに有機的な緑の茎が見えた。ナノマシンと植物が融合した、新しい生態系。Gaiaの再定義がもたらした、世界の「治癒」の最初の兆候だ。
「大気中のナノマシンが新しい定義に従い始めている。植物の細胞膜と共生関係を構築し、金属イオンを取り込みながら光合成を行う新種の植生だな」
リュウガが隣でホログラムのデータを眺めながら、淡々と解説した。Admin権限を使い果たした彼の瞳にはもう黄金の燐光はないけれど、2000年分のデータベースは健在だ。
「難しいこと言わないでよ。要するに、砂漠に花が咲いたってことでしょ?」
「……まあ、そういうことだ」
私はアークの窓を開けた。乾いた砂漠の風が――でも以前のような死の沈黙ではない、微かに湿り気を含んだ温かい風が頬を撫でた。行きにこの砂漠を駆け抜けた時は、ナノマシンに吸い尽くされた乾いた死の空気しかなかった。それが今は、確かに「生きている」風だ。
「行きは必死だったけど、帰りはちゃんと景色を見よう」
私は宣言した。もちろん急がなきゃいけないのは分かっている。再定義の余波で世界は不安定だし、セーラたちが極東で待っている。でも、私たちが直した世界が「ちゃんと動いている」のを確かめながら帰りたかった。修理屋の動作チェックだ。
「了解ですわ、母様。ですが帰路の安全は保証されていません。再定義の余波で地殻が不安定化しており、地形が1時間ごとに変化しています。来た道がもう存在しない箇所もある」
後部座席から、カイルが通信越しに報告を上げた。横にはオーボエが座り、全車両の状況をリアルタイムで統制している。
「リュウガのAdmin権限が失われた以上、地形データの予測は――」
「リディアのドローンとヴィオラの解析で補えますわ」
オーボエがハルバードの石突を床に打ち、冷静に断じた。
「フェアリ・オプションのスカウト蜂を常時20機先行させ、地形の変動をリアルタイムで全車に共有します。ヴィオラ姉様、データの最適化をお願いしますわ」
『了解ですわ。地殻変動のパターンには周期性がありますもの。3時間分の予測なら十分な精度が出せますわ』
ヴィオラの声がMNWを通じて響いた。うん、頼もしい。行きのカオスゾーンを全員で乗り越えてきたこの家族に、帰り道の砂漠なんて怖くない――と思いたい。
『母様、前方200メートルに地面の隆起を検知だお。右に3度回避を推奨だお』
ファーファが肩の上で虹色のアンテナを回しながら警告した。ソフィアに強化してもらった通信帯域が、20機のスカウト蜂からのデータを瞬時に処理している。
「カイル、右に3度」
「了解!」
カイルがハンドルを微かに切り、10台のキャラバンが滑らかに進路を変えた。数秒後、さっき通ろうとしていた場所の地面がぼこりと盛り上がり、砂を噴き上げた。新しい岩がナノマシンの結晶化で急速に形成されている。
「……危なかったわね」
「行きよりはマシですわ。あの頃はサソリの群れと砂嵐が同時に来ましたもの」
チェロが別の車両から通信を入れてきた。彼女の声は相変わらず委員長らしく冷静だけれど、どこか穏やかだ。
「そうね。あの時はテューバが素手で車両を引き上げたのよね」
「……覚えてる。……重かった」
テューバの小さな声がMNWに混じった。
夕暮れ時、私たちは銀色の花畑の真ん中でキャラバンを停めた。
初日の野営。10台の車両が円陣を組み、中央に焚き火を囲むスペースを作る。カイルの従者隊が手際よくテントを張り、オルガとルーテが備蓄から夕食の準備を始めた。
「スープの材料、クロノスで補充した分がまだたっぷりあるわ」
オルガがにっこり微笑みながら大鍋を火にかける。ルーテが無言で野菜を刻んでいた。ルーテの包丁捌きは暗殺者のそれだけれど、料理の腕は確かだ。
銀色の花が夕陽を受けて、淡い金色に輝いている。その花畑の中央で、全員がスープを囲んだ。
リュウガと私。シスターズ11人。セフィラ。ピッコ。リディアとヴォルフ。カイルと従者隊の面々。ファーファが宙をぷかぷか浮いて、全員の顔を順番に照らしている。
「お肉がもっと欲しいなぁ」
コルネがスープの具をスプーンで突きながらぼやいた。
「贅沢言うな。帰り道はまだ長いんだ」
カイルが苦笑する。その横でニコルが「隊長、パンのお代わりいいっすか」と手を挙げていた。
ボーンが焚き火の前に陣取り、ランスを膝に乗せて何かを呟いていた。
「……やっぱり柄、曲がったままだぁ」
「帰ったら直してあげるわよ」
私が言うと、ボーンが顔を上げて笑った。
「ホント? じゃあ帰るまで我慢する!」
その時、ピッコの手元で演算球体が微かに光った。ソフィアの通信だ。球体は6基のうち5基をシスターズに貸し出した後、ピッコの手元に残った最後の1基。クロノスとの唯一の回線。
「ソフィアおばあちゃんからだお!」
ファーファが叫んだ。ピッコが即座に球体を掲げると、微弱だが確かな音声が流れ出した。
『……無事か、猿嫁』
「猿って言うな!」
私は反射的に叫んでいた。2000歳の「のじゃロリ」科学者の第一声がそれかよ。
『ふん。元気そうじゃな。コアの書き換え、こっちでも確認しておるよ。クロノスの次元震がぴたりと止まった。マルクの連中が「空が変わった」と騒いでおるわ』
「ソフィアおばあちゃん、身体は大丈夫なの?」
ピッコが球体を抱えて尋ねた。声にいつもの尊大さはなく、ただ心配が滲んでいる。
『1基の演算球体でも、ワシの脳があれば十分じゃ。……まあ、たまに膝が抜けるがの。プリシラ、お主こそリュウガのメンテナンスを怠るでないぞ。Admin権限を失ったあの身体は、以前にも増して繊細じゃ』
「わたくしに指図しないでくださいまし。……でも、分かっていますわ」
ピッコがぷいと横を向いた。けれど球体を握る指は離さなかった。
遠くクロノスからの微弱な通信。数千キロの距離を隔てて、2000年分の絆が光の糸で繋がっている。
スープを飲み終え、焚き火が落ち着いた頃。
リュウガが私の隣に座った。義手がすっかり馴染んで、もう関節が鳴ることもない。ヴォルフが丁寧に調整してくれたおかげだ。
その義手が、銀色の花を一輪、摘んだ。
そして、何も言わずに、私の耳の横に挿した。
「……っ」
心臓が跳ねた。
「……似合っているぞ」
低い声で、さらっと言う。この男は、こういうことを何でもない顔でやるから困る。
「急にそういうことしないでよ……っ」
顔が熱い。絶対赤くなっている。暗がりで良かった。
――カシャカシャカシャ。
「クララ、いつの間に!?」
「母様、暗視スコープは万能ですわよ。照度不足でも完璧に撮れますの」
「撮るなーーーッ!」
私の絶叫が夜の砂漠に響いた。銀色の花が揺れ、ファーファの液晶がハートマークに変わり、MNWを通じてシスターズたちの「てぇてぇ」の大合唱が脳の奥に響き渡った。
帰路の第一歩。世界は変わり始めている。地殻は不安定で、旧防衛システムの残骸は各地に散らばり、生態系は混乱している。帰り道は行きと同じかそれ以上に危険だ。
でも今、私の耳には銀色の花が挿してあって、隣にはリュウガがいて、後ろには最高に騒がしい家族がいる。
「明日はもう少し北に進むわ。守り人の集落に寄って、世界がちゃんと直っているか確かめましょう」
「了解だ、エリー」
リュウガが微かに笑った。
焚き火の向こうで、ファーファが今日最後のログを刻んでいた。
『帰路初日。銀色の花。全員無事。お父様が母様に花を挿した。てぇてぇ。……次の冒険へ続くお(゚∀゚)』
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