第147話:【祝宴】凱旋の夜、30000人の乾杯
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第147話:【祝宴】凱旋の夜、30000人の乾杯
本文
王宮の大広間が、こんなに広かったとは知らなかった。
天井のシャンデリアは——当然ナノマシン製だったのだろうが、今は普通の蝋燭に替えられている。何百本もの炎が揺れて、石壁に影を躍らせていた。長テーブルが何列も並び、料理の湯気が天井まで立ち上っている。
「セーラ、これ3日で準備したの?」
「3日じゃないわ。あなたたちがカオスゾーンを抜けたって通信が来た時から仕込み始めたの。2週間よ」
「2週間……」
「エリー様、聞いてくださいよ。『まだ着かないの』って言いながら、毎日厨房に通ってたんですよ、セーラ様は」
セーラの侍女が横から口を挟み、セーラが真っ赤になって「余計なこと言わないで!」と叫んだ。——あなたもたいがいツンデレよね。
大広間には各国の要人が詰めかけていた。王国の貴族、商人、学院の研究者。そしてピッコの通信網を通じて、遠方からの声も届いている。
『マルクです。クロノスは順調です。ゼロたちが——あ、ゼロ、マイク取るな——』
『……ゼロです。名前、嬉しいです。ありがとう、ございます』
クロノスから届くたどたどしい声に、広間が温かい拍手に包まれた。
『ソフィアじゃ。わたくしも乾杯に参加させてもらうぞよ。演算球体にワインを注いでも飲めぬがのう』
「おばあちゃん、ソフィア様は相変わらずですわね」
ピッコが呆れた顔で通信機を調整する。
『バルガスだ。帝国からも祝辞を送る。——短く言う。よくやった。以上だ』
「おい。短すぎるでしょ……」
『オメガだ。馬鹿ども、おかえり。スラムの再建が終わったら酒を持って行く。待ってろ』
世界中から声が届いている。ピッコの通信網が、宴会場を世界と繋いでいた。
セーラが大広間の壇上に立った。銀髪が蝋燭の光を受けて輝く。22歳とは思えない堂々とした佇まい。でも、その目の奥には、さっき城門で泣いていた女の子がまだいる。
「本日、エリアーナ・アルテミシア率いる帰還部隊が、王都アステリアに無事帰還しました」
広間が静まる。
「彼女たちは世界を半周し、Gaiaの再定義を成し遂げ、壊れた世界を——直してきました。壊すのではなく、直す。そして直し方を教え、去る。それが彼女たちのやり方でした」
セーラが私を見た。
「正式な報告は明日。今夜は——ただ、おかえりなさい!!!!」
30000人の声が重なった。大広間の中も、広場に溢れた市民も、一斉に。
「「「おかえりなさい!」」」
グラスが掲げられる。樽が開けられる。歓声と拍手と笑い声が、天井を揺らした。
——で。
宴会が始まった途端、うちのシスターズが大暴れを始めた。
まぁ、そうなるのは200%予想通りなんだけどね。
「ボーンちゃん飲み比べ大会開催しまーす!」
「シスターズにアルコールに酔える機能はありませんわ。即座に分解してしまいますわ」
「ヴィオラ姉様うるさーい! こういう時には、雰囲気で飲むの!」
ボーンがジョッキを掴み、ユーフィが隣で同じことをする。コルネが肉の塊に齧りつき、テューバがおどおどとスープを啜る。
「テューバ、それ3杯目よ?」
「だ、だって……おいしくて……」
そしてボーンが突然テーブルの上に立った。
「ではではー! シスターズ凱旋スペシャル余興、行きますわよー! まずは曲芸部門! テューバ、ルーテ、スタンバイ!」
テューバがおどおどと重力ハンマーを構える。ルーテが無言で双剣を抜いた。テーブルの上にローストチキンの丸焼きが3羽。
「テューバ、打ち上げて!」
「え、えぇ!? お料理を……!?」
「いいから!」
テューバが泣きそうな顔でハンマーを振った。重力波がチキンを垂直に打ち上げ、3羽が天井近くまで舞い上がる。
ルーテが跳んだ。双剣が閃く。音はない。着地した時にはもう鞘に収まっている。
——3羽のチキンが、完璧な薄切りになって、10枚の皿の上に均等に着地した。
広間が一瞬静まり、次の瞬間、割れんばかりの歓声。
「すごーい!」
「もう一回!」
「次は牛でやって!」
「牛は無理……!」
「続きまして音楽部門! ハープ姉様、お願いしまーす!」
ハープが無表情のまま、テーブルに並んだワイングラスに振動爪を近づけた。爪の微細振動がグラスの縁を撫でると——澄んだ音が響いた。水の量が違うグラスが、それぞれ異なる音階を奏でる。
チェロが重力斧の柄でテーブルを軽く叩き、拍子を刻み始めた。即席のリズムセクション。オルガが微笑みながら手拍子を加え、ヴィオラが「テンポ0.3秒遅い」と指摘する。
グラスの旋律が広間に広がり、市民たちが手拍子を合わせ始めた。
「ボクも歌う!」
コルネが飛び入りした。口を開けた。
——2秒で分かった。壊滅的に音痴だ。
グラスが1つ、振動に耐えきれず割れた。
「コルネちゃん退場ー! 審査員のオルガ姉様、判定を!」
「……全員優勝、ということで」
オルガが困った笑顔で拍手した。広間が笑いに包まれる。オーボエが隅のテーブルで額を押さえていたが、その肩が微かに震えていた。笑いを堪えている。
クララがメモを取っている。「宴会芸記録。チキン曲芸——技術点9.8。音楽演奏——芸術点8.5。コルネの歌唱——測定不能」
「クララ、今日は記録係は休み!」
ユーフィにメモ帳を取り上げられ、クララが一瞬固まった後、小さく笑った。
「……では、目で記録しますわ」
セフィラはテーブルの端に座り、料理には手をつけていなかった。ヴォルフが隣に座って「食え」と皿を押し、リディアが「遠慮しないの」と微笑む。セフィラが小さなパンを一つ手に取った。たぶん、味は分からない。でも、手を伸ばした。それだけで十分だ。
カイルが部隊の連中と酒を酌み交わしている。あの堅物が笑ってる。隣でヴォルフが肩を組んで何か言い、カイルが苦笑して押し返す。リディアがその2人を見て「男の子ね」と呟いた。
宴会の喧噪の中、ピッコがふと通信機から顔を上げた。
「……賑やかですわね」
「嫌い?」
「嫌いではありませんわ。ただ——」
ピッコが胸ポケットに手を当てた。ソフィアの手紙が入っている。
「わたくしは、リュウガ専属の医者でした。あの方一人を直すために二千年眠り、起きてからもずっとあの方だけを診てきた。でも——」
広間を見回す。笑い声。歌声。グラスの触れ合う音。
「——今は、直したい人がこんなに増えてしまいましたわ」
「それ、嬉しいってことでしょ」
「……猿嫁に感情を翻訳されるのは、はなはだ不愉快ですわ」
でも、眼鏡の奥の目が、少しだけ細まっていた。
リュウガは壁際に立って、宴会を眺めていた。グラスは持っているけど、口はつけていない。
隣に行った。
「飲まないの?」
「……酒の味覚データはあるが、このボディで酔えるかは不明だ」
「データじゃなくて、飲んでみなさいよ」
リュウガがグラスを傾けた。一口。
「……悪くない」
「でしょ!」
広場からの歓声がまだ響いている。松明の明かりが揺れ、300メートルの天蓋が消えた空には星が散っている。どこまでも高い夜空。
「明日、報告会が終わったら——セーラの領地に戻るわ」
「工房か?」
「うん。時計、直しっぱなしで出てきちゃったし」
「……半年以上前の時計を覚えているのか?」
「修理屋が未完了の仕事を忘れるわけないでしょ」
リュウガが小さく笑った。丘の上で泣いていた顔はもうない。でも、目の奥にはまだあの涙の痕跡がある。消えなくていい。あれは、この人のものだから。
「——乾杯」
小さな声で言った。リュウガのグラスが、私のグラスに触れた。
かちん、と。小さくて確かな音がした。
30000人の宴は、夜が更けても終わらなかった。
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