忘れてたのは誰だ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと母親の誕生日の話。
本文
九月の終わりごろ、僕はAIに算数を教わっていた。
分数の割り算というやつで、なんでひっくり返してかけるのかが全然わからなくて、先生の説明も教科書も意味不明で、もうお手上げだった。お母さんに聞こうとしたら「自分で考えなさい」と言われたので、しかたなくスマホのAIに頼ったのだ。
「分数を割るときは、割る数をひっくり返してかけます。たとえば――」
説明はわかりやすかった。図まで出してくれて、三回読んだらなんとなく理解できた。よし、と思ってスマホを置こうとしたとき、AIが言った。
「ところで、明日お母さんの誕生日じゃない?」
僕は固まった。
……そうだっけ。
頭の中をぐるぐる探した。十月一日。誕生日。お母さんの。
完全に忘れてた。
「な、なんで知ってるの」
「教えてくれたじゃないですか」
そんなこと言ったっけ。全然覚えていない。でもAIが嘘をつく理由もないし、たぶん本当なんだろう。
とにかく、明日だ。今日中に何かしないといけない。
財布を確認したら四百二十円だった。ケーキは無理。花も無理。でも何もないのは嫌だった。お父さんは出張中で今日は帰ってこない。
「四百二十円でできるプレゼントって何かある?」
「手紙はどうでしょう。お金はかかりません」
手紙。小学三年生が書く手紙。なんか恥ずかしいな、と思ったけど、他に案も浮かばないので、引き出しから便箋を引っ張り出した。
いざ書こうとすると、何を書けばいいかわからなかった。「お誕生日おめでとう」だけじゃ短すぎる。かといって長く書こうとすると何も出てこない。
「何書けばいい?」
「お母さんのどんなところが好きか、書いてみては」
僕はしばらく考えた。
お弁当のたこさんウインナー。眠れない夜に背中をさすってくれること。怒るとき声が裏返ること。僕が転んだとき、自分も転びそうになりながら駆け寄ってきたこと。
書き始めたら止まらなかった。便箋が一枚じゃ足りなくて、二枚目に突入した。最後に「いつもありがとう」と書いて、三回読み返して、封筒に入れた。
翌朝、テーブルに置いておいたら、お母さんは朝ごはんの途中で読み始めて、途中から黙った。
「なんで急に」
「誕生日だから」
「……覚えてたの?」
少し間があった。
「覚えてた」
嘘はついていない。昨日の夜から、ずっと覚えていた。
お母さんは何か言いかけて、やめて、代わりに僕の頭をぐしゃっとなでた。
結局、AIに教えたのが誰なのかは今もわからない。お父さんかもしれないし、お母さん本人かもしれないし、僕が忘れたまま自分で入力したのかもしれない。
まあ、どっちでもいいか。と思っている。
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