内部捜査編2
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あらすじ
<p>スパイ捜査・最終報告</p><p>外縁独立機動部隊本部、沖縄本島北部。</p><p>深夜。</p>
本文
スパイ捜査・最終報告
外縁独立機動部隊本部、沖縄本島北部。
深夜。
照明の落とされた司令室に、三人の姿があった。
タカミムスヒ。
ムスビ。
そして、アマツ。
大型スクリーンには、複雑に絡み合う通信ログと人物相関図が映し出されている。
それは既に――ただの「内部不正」の域を超えていた。
「……以上です」
ムスビが、静かに言った。
その声には疲労が滲んでいたが、それ以上に――確信があった。
「送信元は本部整備区画。中継は三箇所。最終到達点は――中国人民解放軍、情報調査部」
「加えて」
アマツが補足する。
「国内の複数の軍上層部とも接続されています。腐敗幹部……少なくとも七名」
スクリーンに、名前が並ぶ。
どれも――本来なら、味方であるはずの人間たち。
「通信内容は……」
ムスビは一瞬だけ言葉を止める。
「機体設計データ。作戦行動記録。タカミムスヒの戦闘ログ――ほぼ全てです」
沈黙。
重い沈黙が、部屋を満たした。
その中心にいるタカミムスヒは。
――ただ、静かにそれを見ていた。
「……おかしいと思っていた」
ムスビが、ぽつりと零す。
「敵の対応が早すぎる。技術の追従も異常だった」
アマツも頷く。
「内部から漏れているとしか考えられない精度でした」
二人の視線が、自然とタカミムスヒへ向く。
報告は終わった。
あとは――判断だ。
「……逮捕は、しない」
タカミムスヒは、あっさりと言った。
ムスビが目を見開く。
「え……?」
「まだ、早い」
その声音は冷静だった。
あまりにも冷静すぎた。
「今回の件は、“末端”ではない」
スクリーンを指差す。
「これは――“流れ”」
通信のラインが、さらに拡張表示される。
ムスビとアマツの解析には含まれていない、別の層。
より深いネットワーク。
より広い繋がり。
「……これ」
ムスビが息を呑む。
「見たこと、ない経路……」
「当然でしょう」
タカミムスヒは淡々と答える。
「そこは、あなた達に調べさせていない領域」
空気が変わった。
アマツの瞳が、わずかに揺れる。
「……最初から?」
タカミムスヒは、ゆっくりと二人を見る。
そして、微かに笑った。
「ええ。最初から」
沈黙。
理解が、追いつかない。
「この通信ログ――」
タカミムスヒは続ける。
「最初に検知したのは、私だ」
ムスビの思考が止まる。
「え……?」
「大禍津の起動ログに、微細なズレがあった。人間なら気付かない程度の誤差」
「でも、私には見える」
静かに言う。
それは誇示でも自慢でもない。
ただの事実だった。
「そこで私は、あえて放置した」
「……!」
ムスビが声を上げる。
「わざと……泳がせたんですか?」
「ええ」
即答だった。
「小さなスパイを捕まえても意味がない」
「重要なのは、“どこに繋がっているか”だ」
スクリーンに広がるネットワーク。
それはもはや――国家規模の汚染だった。
「中国軍の情報調査部」
「国内の腐敗幹部」
「そして――」
一瞬だけ、言葉を区切る。
「その先にある、“本命”」
アマツが低く呟く。
「……まだ、いる」
「ええ」
タカミムスヒは頷いた。
「だから、止めた」
ムスビを見る。
「あなたが見つけた“スパイ”は、まだ切り札ではない」
「ただの“入口”です」
ムスビの手が、わずかに震えていた。
「じゃあ……この任務は……」
「続行する」
タカミムスヒの声は、静かで。
そして、圧倒的だった。
「通信の終着点」
「経由ルート」
「関係者、全員のリスト化」
「そして――」
「“誰が、何のために動いているのか”」
アマツが、ゆっくりと口を開く。
「……危険です」
「露見すれば、対象は抹殺される」
「私たちも例外ではない」
「知っている」
タカミムスヒは一切迷わない。
「ですが」
その瞳が、わずかに細められる。
「ここで止めれば、もっと多くが死ぬ」
沈黙。
それは、決断だった。
「……分かりました」
ムスビが息を吐く。
もう迷いはない。
「やります」
「私も」
アマツが続く。
その声は、どこか人間らしくなっていた。
「――最後まで」
タカミムスヒは、小さく頷いた。
「期待している」
そして、最後に。
ぽつりと。
「これは、“戦争”ですから」
画面には、静かに広がるネットワーク。
それはもはや、銃やミサイルではない。
見えない戦場。
電脳と国家が絡み合う、もう一つの戦争。
そしてその中心にいるのは――
タカミムスヒ。
ーーー
国内幹部の裏会議
沖縄本島北部――外縁独立機動部隊本部から、遥かに離れた場所。
かつて政府機関として使われていた地下施設は、今では公式記録から抹消された“存在しない会議室”となっていた。
分厚い防爆扉の奥。
照明は最低限。
長机を囲むのは、軍服ではなくスーツ姿の男たち。
彼らは“戦場に立たない支配者”だった。
「……確認する。通信は完全に秘匿されているな?」
低い声で口火を切ったのは、白髪混じりの男。
元・中央軍参謀本部の幹部――現在は“調整役”と名乗る存在。
その言葉に、隣の男が頷く。
「多層暗号化、量子鍵通信、さらに外縁回線を経由しています。
まず辿られることはありません」
だがその声には、僅かな硬さがあった。
「……外縁独立機動部隊の動きが、想定以上だ」
別の男が口を開く。
机上には、映像データが映し出されていた。
・台湾戦での戦果
・大禍津の投入
・アメリカ、欧州との交渉
そして――
「タカミムスヒ」
その名前が、空気を凍らせた。
「十五歳の少女が、戦局を動かしている」
「いや、もはや“動かしている”ではない。
“握っている”だ」
「……あの部隊は、独立し過ぎている」
ざわめきが広がる。
「本来、外縁は“捨て石”だったはずだ」
誰かが吐き捨てるように言った。
「本国の技術を流さず、旧式装備で戦わせ、
いざとなれば切り捨てる――そのための部隊だ」
「だが現実はどうだ」
机を叩く音。
「独自開発、独自戦術、独自外交――
もはや“国家の外側”にある軍隊だ」
沈黙。
そして、最も奥に座っていた男が静かに口を開いた。
「だからこそ、我々は“繋いだ”」
その言葉に、全員の視線が集まる。
「中国――紅龍残党との回線だ」
空気が一瞬で張り詰める。
「……正気か?」
「裏切りだぞ、それは」
「国家反逆だ」
低く、しかし抑えた怒り。
だが男は微動だにしない。
「違う」
静かに言い切った。
「これは“均衡”だ」
「外縁独立機動部隊が暴走すれば、国家は崩壊する」
「だから“敵”を残す」
「拮抗させることで、力を分散させる」
「……そのために中国と手を組んだと?」
「利用しているだけだ」
即答だった。
「紅帝は資源を欲している。
我々は時間を欲している」
「利害は一致している」
誰もすぐには反論できなかった。
理屈としては――成立している。
だが。
「だが……タカミムスヒはどうする?」
その名前が再び出た。
今度は、明確な“恐怖”を伴って。
「彼女は気付く」
「いや、既に気付いている可能性もある」
「……あの子は、普通じゃない」
その瞬間。
一人の男が、小さく呟いた。
「――ならば、排除するしかないのではないか」
沈黙。
その言葉は、あまりにも“直線的”だった。
「……できると思うか?」
誰かが乾いた笑いを漏らす。
「戦場で無敵、電子戦でも優位、
しかも部隊の信頼は絶対」
「下手に動けば、内戦になるぞ」
「だからこそ“事故”だ」
先ほどの男が続ける。
「戦場での不慮の――」
「やめろ」
低く、しかし鋭い声。
最初に話した白髪の男だった。
「それは最後の手段だ」
「失敗すれば終わる」
「ではどうする?」
ゆっくりと、男は指を組んだ。
「泳がせる」
「……?」
「我々のスパイも、あえて残す」
「情報を流し、観察し、誘導する」
「彼女がどこまで見えているのか――
それを測る」
「そして」
一瞬、間を置く。
「“限界”を超えた時、切る」
誰も異論を挟まなかった。
それが最も現実的で、最も冷酷な選択だったからだ。
だが。
「……遅いかもしれません」
小さな声が、会議室の端から漏れた。
全員が振り向く。
若い通信担当官。
顔が青ざめていた。
「どうした」
「外縁回線に……異常が」
「何?」
「ログが……逆流しています」
「逆流だと?」
「解析されている……いえ、違う……」
震える声。
「“覗かれている”」
その瞬間。
室内の空気が凍りついた。
モニターが一斉にノイズを発する。
ザッ――――
黒い画面。
そして、そこに浮かび上がる。
――ただ一行の文字。
「見つけました」
誰も、声を出せなかった。
それが誰なのか。
考えるまでもなかったからだ。
暗闇の向こうで。
静かに、確実に。
タカミムスヒが、すべてを見ていた。
ーーー
本国潜入 ――父への帰還
沖縄本島北部、外縁独立機動部隊本部。
夜。
滑走路に、一機の小型輸送機が静かに待機していた。
照明は最低限。
整備員も、護衛も――いない。
それ自体が、この任務の性質を物語っていた。
「単独行動……ですか」
背後から、ムスビの声。
振り返らず、タカミムスヒ――川崎鈴華は答える。
「ええ。規模を大きくすればするほど、痕跡は増えます」
「今回の相手は“内側”ですから」
「……危険です」
短い言葉だった。
だが、その中には明確な感情があった。
「分かっています」
鈴華は、わずかに微笑む。
「だからこそ、私が行く」
「アマツは?」
「待機。電脳側のバックアップ」
「でも――」
一瞬だけ、言葉を切る。
「通信は最小限」
「見られている可能性がある」
それは、命令ではなく“前提”だった。
「……了解」
ムスビは、深く頷いた。
鈴華は振り返る。
その目は、戦場に立つそれではない。
もっと静かで、もっと冷たい――
“狩る側”の目だった。
「行ってきます」
輸送機のハッチが閉じる。
エンジン音が低く唸り、
機体は闇の中へと滑り出した。
高層都市 ――本国
数時間後。
視界に現れたのは、地上ではなかった。
雲海の上に築かれた都市。
巨大な柱とプラットフォームによって支えられた、
“第二の地上”。
放射能に汚染された旧地表の上に築かれた、
人類最後の“まともな世界”。
だが。
その美しさの裏には、
階層による差別と、腐敗が渦巻いている。
輸送機は、都市外縁の非公式ドックへ着陸した。
鈴華はフード付きのコートを羽織る。
制服ではない。
軍人でも、指揮官でもない。
ただの“一人の少女”として、都市に降りる。
だが――
(……見られてる)
感覚ではない。
“確信”だった。
電脳インターフェースが、微弱な監視信号を拾っている。
(早い……もう掴まれてる)
鈴華は歩みを止めない。
むしろ自然に、人混みへと溶け込む。
その瞬間。
背後から――気配。
振り向かない。
一歩。
横にずれる。
“パンッ”
乾いた音。
消音銃。
弾丸は、先ほどまで彼女の頭があった空間を通過する。
(やっぱり来た)
鈴華は、そのまま前方へ走り出す。
追跡 ――殺し屋
狭い通路。
高層都市の裏側。
整備用通路、廃棄区画。
人目のない場所へと、自然に誘導されていた。
(囲まれる)
理解した瞬間。
止まる。
――遅い。
前後、左右。
四つの気配。
影が、現れる。
黒いスーツ。
無表情。
統一された動き。
「……国家直轄じゃない」
鈴華は呟く。
「民間の処理部隊……か」
答えは返ってこない。
必要がないからだ。
次の瞬間。
全員が同時に動いた。
銃撃。
ナイフ。
無駄のない連携。
だが。
鈴華の視界が、変わる。
ゾーン――浅い発動。
時間が、遅くなる。
一歩踏み込む。
最も近い一人の腕を掴み、
そのまま関節を逆に折る。
銃が落ちる。
拾う。
“パンッ パンッ”
二発。
頭部。
正確無比。
残り二人。
同時に距離を詰める。
(良い連携)
だが。
遅い。
鈴華は壁を蹴る。
身体が浮く。
そのまま回転しながら、
銃口を下へ向ける。
“パンッ”
一人、崩れる。
最後の一人。
ナイフ。
接近。
鈴華は、銃を捨てる。
踏み込む。
手刀。
喉元に、正確に叩き込む。
一瞬で、沈黙。
静寂。
(……弱い)
淡々とした感想だった。
だが。
(“警告”じゃない)
これは明確に、
排除命令だった。
屋敷 ――父
都市中枢。
防御区画。
その中にある一軒の屋敷。
古い建築だが、内部は完全に近代化されている。
鈴華は、迷わず門をくぐる。
センサーが反応する。
一瞬の静寂。
そして。
「……久しぶりだな」
低く、落ち着いた声。
玄関に立っていたのは、一人の男。
黒髪、翠眼。
長身。
無駄のない体躯。
川崎飯綱――イツナ。
「お父様」
鈴華は、わずかに頭を下げた。
「……事情は聞かない」
イツナは言う。
「顔を見れば分かる」
一瞬だけ、父の顔になる。
「面倒なことに首を突っ込んだな」
「はい」
即答だった。
「国内です」
沈黙。
イツナの目が、僅かに鋭くなる。
「どこまで掴んでいる」
「外縁への不正通信」
「中国側との接続」
「そして――」
一拍。
「本国幹部の関与」
空気が変わる。
イツナは、静かに息を吐いた。
「……やはりそこまで行ったか」
否定しなかった。
「お父様は?」
「俺は“人事”だ」
「つまり」
「誰がどこにいるかは知っている」
鈴華の目が細くなる。
「――協力していただけますか?」
一瞬の沈黙。
そして。
「当然だ」
迷いはなかった。
「だが、これは軍では処理できない」
「公安だ」
イツナは振り返る。
「紹介状を書く」
「お前一人では、踏み込めない領域だ」
歩きながら、言葉を続ける。
「ただし――」
振り返る。
「これは“戦争”だぞ」
国内の。
見えない戦争。
鈴華は、静かに頷いた。
「分かっています」
その目は。
もはや“兵士”ではなかった。
国家の中枢に刃を向ける、
執行者の目だった。
ーーー
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