この世界の防災訓練は実戦的すぎる①
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
今日の午前中最後の授業が少し早めに終わった。
「今日は防災訓練があるから、そのまま席を立たないように」
教授が先走る生徒たちに言った。
この大学の防災訓練はあまりにも実戦的すぎることで有名だ。
例えば、大学のサーバーには学生や教授たちの研究データが保管されている。
それだけではなく、過去には生徒や教授の頭脳を目的とした大学の襲撃事件なんかも起きたことがある。
それらから自分の身を守れるように、この大学ではテロリスト襲撃を想定した特殊な防災訓練が毎年実施されるのだ。
地震、火災、そしてテロリスト襲撃。
この大学の防災訓練といえばこの三つだ。
ノルンは過去に一度、防災訓練に参加したことがある。
そのときは、テロリスト役の特殊部隊を傷だらけにして追い返してやった。
「今年はやりすぎるなって釘を打たれたからなぁ……」
ノルンは鞄の留め金を閉じ、先日に学長もとい、義父に言われた言葉を反芻する。
その時ふと、俺は魔力の違和感に気づいた。
「あれ?」
暇つぶしに魔力操作の練習をしていたのだが、それが突然出来なくなった。
魔力の流れを何かが阻害しているような感覚。
こういう時は大体、強引にこじ開けるか、非常に繊細に練り上げれば上手くいくのがセオリーだ。実際上手くいった。
そんなことを考えていると、何かが教室に近づいてくる気配を感じた。
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エラー:外的要因による通信術式の阻害。実行不可能。
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AILICEがエラーメッセージを表示する。
今年はAILICEの対策まで練ってきたか。
「今年も来たか……この季節が!」
その瞬間。
突然、凄まじい爆音が轟いた。
講義室の窓と扉が同時に吹き飛び、生徒たちが騒然とする。
直後、窓からはラぺリングした灰色の男たちが、扉からは抜剣した灰色の男たちが乗り込んできた。
「全員動くな! これより大学を占拠する!」
彼らはそう叫んで、出口を固める。
「始まったか……!」
ノルンのつぶやきは、周囲のどよめきにかき消された。
動ける生徒はいなかった。
いくら訓練とはいえ、相手は精鋭の特殊部隊だ。
下手に動けば速攻で殺される。いや、正確には気絶させられる。
だが、ノルンにとってはどうでもよかった。
「今年は楽しくなりそうだ……!」
ノルンの口から自然と感嘆の言葉が零れた。
ついに始まった。
世界中の少年が夢見た『アレ』を。
俺らの青春の一ページを飾った『アレ』を。
学院がテロリストに襲撃される『アレ』がついに始まった!
「そのまま席を立つな、全員手を上げろ!」
灰色の男たちが、少しずつ気づき始めた生徒たちを剣で威圧する。
ノルンはその様子に、興奮を抑えることができなかった。
「今年もいい実験データが取れそうだ」
どうする? どう動く?
ノルンの脳内にやりたいことが次々と思い浮かぶ。
「ここがどういう場所かわかっていないようだな」
低い声が、静まり返った教室に響いた。
一人の青年が腰の魔剣に手をかけ、灰色の男と対峙していた。
「この大学を占拠する? そんな暴挙、このラインハルト・ノワールが許さん!」
生徒会長が自分の魔剣を構える。
評価稼ぎのつもりか、それとも生徒会長としての使命感か。
「繰り返す、武器を捨てろ」
「断る」
ノワールが魔剣に魔力を込めようとする。
しかし、練った魔力が直後に霧散する。
「なっ……魔力が!?」
魔剣を構えたノワールの表情に動揺の色が浮かぶ。
「ようやく気がついたか」
灰色の男が仮面の奥で笑った。
「だがもう遅い」
まずい。このままでは。
「来い、Tempest!」
ノルンがTempestを召喚する。
しかし魔力不足の影響で、Tempestは姿を現さなかった。
まずい。このままでは――。
黒色の剣が、ノワールに振り下ろされる。
訓練用に刃先は潰されているが、魔力不足の状態では成すすべなくやられてしまうだろう。
判断の余地はない。ノルンは椅子を蹴飛ばし駆けた。
「……っ!」
彼が生徒会長として立ち向かったように。
教授として、それは避けなければならなかった。
何故ならば……。
教授は、命を賭してでも生徒を護らないといけないからだ!
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
魂の咆哮と共に、ノルンは二人の間に割り込んだ。
◆◆◆
迫りくる刃を見据えながら、ノワールは自分の運命を予感した。
どんなに精巧な魔剣でも、魔力不足では防ぐことも避けることも敵わない。
少しでも傷を浅くしようと上体を反らせる。だが、間に合わない。
斬られる瞬間、絶叫が鼓膜を貫いた。
「やめろおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
直後、横から飛んできた何かにノワールは突き飛ばされる。
「なっ……!」
咄嗟に受け身をとって床を転がる。
そして起き上がったノワールの視線の先に、衝撃の光景が広がっていた。
「まさか、教授……」
そこに、意識を失った男性が力なく横たわっていた。
「教授っ!? 嘘だろ!?」
「誰か……きゃぁぁぁぁぁ!」
誰かの悲鳴が講義室内に響いた。
ノワールがノルンの身体を抱きかかえる。
「教授……どうして僕を庇ったんですか!」
ノワールにとって、ノルンは生徒と教授の関係でしかなかった。
命がけで助けられる理由なんて無かった。
「かはっ……無事か……?」
「はい……教授のおかげで……」
ノルンはノワールが無事なことを確認すると、安堵の表情を浮かべて気絶した。
「まだ抵抗するか?」
灰色の男がノワールに剣先を向ける。
ノワールは無言で首を横に振った。
「これより第一講堂に移動する!」
灰色の男がそう宣言する。
彼らは生徒を立たせ、結束具で後ろ手に拘束し、続々と連れ出していく。
反抗する者はもう誰もいなかった。
そうして、講義室から人気が無くなってから数分後。
ノルンの腕がピクリと動いた。
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