この世界の防災訓練は実戦的すぎる②
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
ノルンは講義室から誰も居なくなったことを確認して、朦朧とする意識のなかで少しずつ術式を構築していた。
(あと少し……ここさえ完成すれば……よし!)
「っ……いてぇ……」
背中の傷を確認する。防御用の術式を発動する猶予なんてなかったから、実際にくらった。
訓練用に刃先がつぶされているとはいえ、余裕で背骨が折れる程度の威力だ。
術式による傷の応急処置を試みる。
阻害用のアーティファクトが使われている影響だろう。
思う通りに回復魔法を行使できなかった。
「ひとまず、こんなところか」
結果として、傷口を完全に塞ぐことはできなかった。
仕方がないので、細く練り上げた魔力で傷口を縫い留め、折れた骨を修復するにとどめた。
「よし……」
ノルンは立ち上がり、制服の乱れを正す。
窓からは爽やかな午後の風が流れ込み、赤いカーテンを大きく膨らませていた。
直後、強烈な魔力の突風がカーテンを外側に押し返す。
同時に、ノルンの手元にTempestが召喚された。
「今年も楽しませてくれよ、テロリストども」
ノルンは講義室を出て、誰もいない静かな廊下を歩きだした。
◆◆◆
一方、シェリー・エーテルフェルト率いる第一研究チームは、テロリストが狙っているペンダント型アーティファクトの開発に集中していた。
今回の訓練内容は彼女も把握していた。
テロリストが使用している魔力阻害のアーティファクト。
それを解析し無力化用のアーティファクトを作成、生徒たちがテロリストを殲滅または撤退させるのが今回の訓練内容だ。
逆に、アーティファクトを奪われてしまったら、その時点で訓練は失敗だ。
「シェリー先輩、進捗どうですか」
後輩の一人が声をかけてくる。
「半分は終わりました。ですが……」
シェリーは手元から視線を上げずに答えた。
机の上には術式の設計図が広げられている。
ペンダント型アーティファクトの核となる術式回路だ。
視線は試作段階のアーティファクトに集中しながら、紙の上ではペンが躍る。
彼女をはじめ、開発チームは周囲の喧騒にまるで気づいていない。
爆発音も、護衛チームの会話も、全て意識の外にあった。
「どうだった?」
「第一から第三講義棟が完全占拠されました」
「奪還しようにも、魔力が封じられていてはな……」
二人の護衛の会話すら、耳に入らなかった。
それほどまでに、彼女はアーティファクトに集中していた。
普段から彼女は研究に集中すると周りが見えなくなる性質を持っている。
「あと少しで……!」
灰白色の瞳は、アーティファクトの核心まであと一歩まで迫っていた。
その時。
突然、ドアが開いて満身創痍の青年が入り込んでくる。
「緊急です! この施設の場所が漏れました! まもなく来ます!」
「何だって!?」
研究室内に動揺が走る。
「どういうことだ、さっき場所を移動したばかりだぞ!?」
「わかりません!先ほど、第三班から『テロリストが第四研究棟へ移動を開始した』と連絡が入って以降、連絡が途切れて……」
「第三班がやられたか」
第三班はシェリー達の研究チームがいる第四研究棟の近くにいた。
他の研究棟にも囮の研究チームがいるが、テロリストの進行方向からして時間稼ぎにならないと考えるべきだろう。
このまま真っ直ぐ移動してくると考えると、今すぐ避難しなければ間に合わない。
「シェリー先輩、避難を。僕達が時間を稼ぎます」
後輩が声をかけてきた。
「でも……そんなことしたら!」
「自分達が出来る役割は全て済ませました。あとは先輩の研究待ちです」
廊下の外から護衛チームの断末魔が聞こえた。
「行ってください! 僕たちは大丈夫です!」
シェリーは研究室の本棚に偽造された隠し通路を開くと、アーティファクトを抱えて全力で逃げ込んだ。
数十秒後、ドアを破壊する音と研究チームの断末魔が聞こえてきて、シェリーは耳をふさいだ。
◆◆◆
隠し通路は狭かった。
背を丸めて進む。足音を殺す。
アーティファクトを胸に抱えたまま、シェリーは暗い通路を歩いた。
後ろから声は聞こえない。
扉が破られる音も、もう聞こえない。
静かだった。
それがかえって怖かった。
(落ち着いて。まだ終わっていない)
シェリーは自分に言い聞かせた。
通路の先に薄明かりが見える。非常口だ。
この先は研究棟の裏手になる。
そこから離れれば、少し時間が稼げる。
扉を押し開けた。
夕方に差し掛かる外の空気が流れ込んできた。
「テロリストは……いないよね」
シェリーは周囲を確認すると、安堵の表情を見せる。
「ここから近いのは……第三研究棟かな」
シェリーは周囲を警戒しながら、チームの犠牲を無駄にしないようにと心に決めて第三研究棟へ駆けていった。
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