この世界の防災訓練は実戦的すぎる③
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
ノルンは第三研究棟の屋根に上って、そこから大学全体をぐるりと見渡した。
第一講堂に拘束された学園関係者が集められているのが見える。
第一講堂は全校生徒が余裕で入る巨大なホールだ。入学式もそこでするし、たまに有名人の講演があったりする。
周囲には半球状の巨大な結界が張られている。
結界の影響範囲は大学全体。どうやら術式の行使を阻害するもので間違いなさそうだ。
このままテロリストの殲滅に赴いてもいいのだが、魔力が使えない状態では厳しいものがある。おまけにテロリストの正体は特殊部隊。勝算は薄い。
「どうしたものかな……」
Tempestは使用できる。しかしAILICEのサポートが受けられない。
いくら天才研究者と呼ばれたノルンであっても、本職相手に単騎で挑むのは厳しいものがあった。
「せめて研究室に行ければな……ん?」
向かいの第四研究棟に、生徒らしき人物を発見。
制服に身を包んだ、ホワイトミルクティー色の髪。
「シェリー先輩?」
何をしているのだろうか。
キョロキョロと周囲の様子を窺いながら歩いているが、全く隠れられていない。
「……訓練じゃなかったら死んでますよ」
ノルンは魔力を固めて弾丸状に成型する。そこに麻痺の術式を組み込んだ。
「距離は……約七百メートル、射程範囲内か」
Tempestの穂先から放たれた黒色の弾丸が、空気を切り裂いて飛んでいく。
数秒後、放たれた弾丸がテロリストの頭部に命中する。
テロリストはその場に倒れこんだ。
「これでよし、と」
シェリー先輩はそのまま何事もなかったかのように歩いてノルンの視界から消えていった。
「確か、シェリー先輩率いる研究チームは第四研究棟に居たはず。なのに外で単独行動しているとなると……やられたか」
学長からも『今年はやりすぎるな』と釘を打たれているし、このまま放置でもいいんだけど……。
「『窮地の先輩を救う後輩』ってのも……面白いな」
そう思うと、口角が自然と上がる。
俺は屋上の縁から音もなく飛んだ。
そのまま飛び降りて、窓枠を掴み第三研究棟内に入る。
侵入前に、窓枠にぶら下がりながら廊下の様子を伺うと……いた。
キョロキョロと挙動不審に動く少女。
「見つかっているんだよなぁ……」
テロリストがシェリー先輩に接触する直前、ノルンは全力で駆けた。
◆◆◆
「そこで止まれ」
シェリーは足を止めた。
振り返ると、灰色の男が二人立っていた。
後をつけられていた。
アーティファクトを抱え、テロリストとは反対方向に逃げ出そうとするが、そっちにもテロリストが二人。挟み撃ちだ。
「アーティファクトを渡せ」
男の一人が手を伸ばした。
シェリーはアーティファクトを抱えたまま、動かなかった。
渡したら終わりだ。後輩たちが時間を稼いでくれた意味がなくなる。
でも逃げ場がない。魔力も使えない。
(どうすれば……ノルン君がいれば……)
「渡せないと言ったら?」
シェリーは声が震えないよう、静かに言った。
「容赦はしない」
男が一歩踏み出した。その瞬間。
空を切る音と同時に、テロリストが一人姿を消した。
「えっ……!?」
次の瞬間、一人、また一人と姿を消していく。
シェリーが驚きに目を見開いたときには、テロリストの姿は無かった。
「お待たせしました、シェリー先輩」
「ノルン君!?どうしてここに……」
「先輩がふらふら歩いてるのが見えたんで。……それで、例のアーティファクトはどうなったんですか?」
ノルンは彼女が必死に抱え込んでいるペンダントに視線を向けた。
シェリーはこわごわと頷く。
「はい……研究チームが襲撃されて、私だけがこれを任されて……」
「それで逃げていたと」
シェリーは無言でうなずく。
「不憫ですね」
「かわいそがらないでください!」
シェリーは頬を膨らませて抗議したが、その瞳には明らかな安堵の色が浮かんでいた。
「それで、アーティファクトの完成度は?」
「九割……くらいです。あと少しなんですが、道具が全部研究室に」
「わかりました、俺がとってきます。第四研究棟でしたよね?」
「危険です!いくらノルン君でも魔力が使えない状況じゃ……」
「大丈夫です」
ノルンは短く答えた。
「でも」
「先輩はここで待っていてください。隠れられる場所を探して、動かないこと」
「……わかりました」
シェリーがまた何か言いかけた。ノルンはその前に踵を返した。
廊下の角を曲がる直前、振り返らずに言った。
シェリーは壁際に背を預けて、ペンダントを胸に抱えた。
◆◆◆
第四研究棟の四階は、テロリストが二人で巡回していた。
ノルンは一階の窓から侵入して、壁伝いに移動しながら二人の位置を把握した。
AILICEは使えない。自分の五感だけで確認する。
足音の間隔、靴底の音の質、廊下の反響。それだけで位置は十分わかった。
巡回中のテロリストが研究室前に二人。
ノルンはTempestを構えると、姿勢を低くしてテロリストに突撃する。
そのまま胸部を全力で突き刺してやると、勢いのまま四階の窓を突き破り外へ飛んでいった。
異変に気付いたもう一人が振り返り、咄嗟に訓練用の武器を構えようとする。
しかし、ノルンは既にその懐に潜り込んでいた。
「遅いな」
ノルンはTempestを回し、石突を下顎に綺麗に決める。
脳髄を的確に揺らされた男は白目を剥きその場に崩れ落ちた。
「これで排除完了、と」
ドアを開けると、研究室は荒らされていた。
棚が倒れ、書類が散乱している。
研究チームの姿は無かった。
拘束されたか、医務室に運ばれたのだろう。
ノルンは必要そうな書類や魔法道具を抱え、シェリーのもとへ向かった。
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