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月面の忘れ物係

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/28 📝 3,617文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

月面観光が一般化した未来。主人公は月に置き去りにされた遺失物を回収する仕事をしている。ある日、まだ建設されていないはずの基地の鍵と、未来の日付が入った子どもの靴を見つける。

本文

 月で一番多い忘れ物は、手袋だ。

 観光客は地球を背景に写真を撮るとき、分厚い外装手袋を外したがる。もちろん素手ではない。内側には薄い圧力グローブがある。それでも規則違反だ。係員が注意し、客は慌てて手袋を戻す。そのとき一つ、月面に落としていく。

 忘れ物係の相沢ユナは、そういう手袋を毎日拾っている。

 月面観光港アルテミス東区。透明ドームの外には、白い砂と黒い影がどこまでも続く。ユナの仕事は、観光客が残した物を回収し、分類し、地球へ返送することだ。手袋、記念メダル、婚約指輪、子どものぬいぐるみ。たまに、酸素残量を知らせる警告タグ。

「忘れ物は、その人の油断の形だ」

 先輩の牧野はよくそう言った。

 ユナはそれを聞くたび、少し嫌な気分になった。忘れ物には、油断だけでなく未練もある。月に置いていきたいものと、置いていくつもりのなかったものは、似ているようで違う。

 その日、ユナは東区外縁の未整備エリアで、子どもの靴を見つけた。

 小さな赤い靴だった。

 月面用ではない。地球の公園で履くような布のスニーカー。真空と低温にさらされているはずなのに、劣化していない。靴底には、乾いた泥がついていた。

 ユナは回収アームで靴をつかみ、識別タグを探した。

 内側に名前が書かれていた。

 《相沢ミナ》

 ユナは呼吸を忘れた。

 ミナは、ユナの妹だ。

 ただし、まだ六歳で、地球の千葉にいる。月に来たことは一度もない。

 靴の横には、小さな金属鍵が落ちていた。刻印は、LUNA-NORTH HAB 07。

 北居住棟七番。

 そんな施設は存在しない。少なくとも現在の月面都市計画では、北区はまだ予算審議中だ。建設開始予定は二年後。

 ユナは靴と鍵を回収箱に入れ、基地へ戻った。

 遺失物管理AIは、淡々と結果を出した。

「該当なし。存在しない施設の鍵です」

「靴は?」

「登録なし。素材年代測定を推奨します」

「名前は」

「相沢ミナ。地球居住者一名と一致」

 ユナは端末を握った。

「私の妹」

 AIは沈黙した。人間なら気まずそうにする場面だが、AIはただ次の処理を待っている。

 ユナはすぐに地球へ通信をつないだ。往復で三秒の遅延がある。画面に母が映る。

「ユナ? こんな時間にどうしたの」

「ミナは?」

「寝てるけど」

「靴、なくしてない?」

 母は怪訝な顔をした。画面が少し遅れて揺れる。

「靴?」

「赤いやつ」

「この前、サイズが小さくなって捨てたわよ」

「いつ」

「先週。どうしたの」

 ユナは答えられなかった。

 背後から牧野の声がした。

「その靴、俺にも見せろ」

 通信を切ると、牧野は回収箱をのぞき込んだ。普段は冗談ばかり言う男だが、その顔は硬かった。

「また出たか」

「また?」

 牧野は管理室の扉を閉めた。

「忘れ物係には、昔から変なものが回ってくる。まだ建ってない売店のレシート。閉鎖されてないはずの区画の避難カード。来年発売の端末」

「なんで黙ってたんですか」

「言っても、上は観光客のいたずらで処理する。月面都市で時間異常なんて発表したら、保険会社が逃げる」

「時間異常?」

 牧野は鍵を持ち上げた。

「月は、地球より時間の流れが少し違う。普通は計算で補正できる程度だ。だが地下のヘリウム3採掘孔で、重力波実験の残骸が見つかったことがある。誰が作ったかは公表されてない」

「未来から落ちてきたってことですか」

「未来で誰かが、過去へ捨てたのかもしれない」

 ユナは靴を見た。

 捨てた?

 ミナの靴を?

 その夜、ユナは規則を破った。北区予定地へ向かう月面ローバーを、点検名目で持ち出した。牧野は止めなかった。代わりに、古い紙の地図を渡した。

「七番居住棟が建つ予定地だ。何かあったら、通信を切るな」

「一緒に来ないんですか」

「俺が行くと、君を止めなきゃならなくなる」

 ローバーは、月の夜を進んだ。地球が空に青く浮かんでいる。ユナは子どもの頃、ミナに月の写真をよく送った。ミナはいつも、月にはうさぎがいるのかと聞いた。ユナはそのたび、いるよ、忘れ物を拾ってる、と答えた。

 北区予定地には、まだ何もないはずだった。

 だが、クレーターの縁に扉があった。

 金属の扉。半分だけ砂に埋もれ、表面にはLUNA-NORTH HAB 07と刻まれている。

 ユナは鍵を差し込んだ。

 扉が開いた。

 中は、未来の廊下だった。

 壁には非常灯が点滅し、空気が薄く漏れている。床に、まだ乾いていない足跡がある。小さな靴の跡。赤い靴と同じサイズ。

 通信が乱れた。

「ユナ、聞こえるか。そこは存在しない区画だ。位置情報が飛んでる」

「牧野さん、廊下があります」

「戻れ」

 ユナは戻らなかった。

 廊下の奥で、子どもの泣き声がした。

 走る。低重力で足が浮き、壁に肩をぶつける。角を曲がると、展望室のような部屋に出た。割れた窓の向こうに、月面が見える。非常シールドが半分だけ閉じ、空気の漏出を抑えている。

 部屋の中央に、女の子がいた。

 十歳くらい。宇宙服のヘルメットを抱え、片足だけ靴を履いていない。

「ミナ」

 女の子が振り向いた。

 六歳の妹より少し背が高い。だが目は同じだった。

「お姉ちゃん?」

 ユナの喉が詰まった。

「どうしてここに」

「わかんない。避難してたら、床が光って、靴が消えて、それから」

 未来のミナ。

 四年後か、五年後か。北区居住棟が完成し、ミナが月に来て、事故に遭う。

 部屋の奥で警報が鳴った。

 《酸素残量、八分》

 ユナはミナにヘルメットをかぶせた。

「出口へ行くよ」

「だめ。みんながまだいる」

「みんな?」

 ミナは隣の扉を指した。

 居住区の保育室だった。中には、子どもが三人と保育士が一人、倒れた棚に閉じ込められていた。シールド扉が歪み、手動では開かない。

 ユナは工具を取り出した。忘れ物係の装備は、観光客の落とし物を拾うためのものだ。重い扉を開けるためのものではない。それでも、鍵をこじ開け、アームを差し込み、力をかける。

 通信に牧野の声が割り込んだ。

「ユナ、そこの事故記録を見つけた。未来のログだ。北居住棟七番、開業初日にシールド不具合。死者五名」

「今、五人います」

「聞け。ログでは、事故原因は建材の微細亀裂だ。だが、今なら変えられるかもしれない。そこにある制御盤の黒い箱を抜け」

「抜いたら?」

「未来の事故原因が消える。たぶん、その区画も消える」

 ユナは扉を見た。中で子どもが泣いている。ミナがユナの袖をつかんだ。

「消えたら、私は?」

 ユナは答えられなかった。

 未来のミナがここで消えれば、今のミナは助かるのか。それとも、このミナは別の可能性として失われるのか。

 忘れ物は、その人の油断の形。

 違う。

 忘れ物は、戻れる場所を信じた証拠だ。

 ユナは制御盤へ走り、黒い箱をつかんだ。

「ミナ、聞いて」

「なに」

「地球に帰ったら、赤い靴は捨てないで。お姉ちゃんに送って」

「なんで」

「私が、あなたを見つける目印になる」

 ミナは泣きながら頷いた。

 ユナは黒い箱を引き抜いた。

 光が爆ぜた。

 次の瞬間、ユナは月面に倒れていた。目の前には、何もないクレーターが広がっている。扉も廊下もない。手には、焦げた黒い箱だけが残っていた。

 通信が戻る。

「ユナ! 返事しろ!」

「生きてます」

「そこに施設は?」

「ありません」

「子どもは」

 ユナは目を閉じた。

「いません」

 基地へ戻ると、牧野が待っていた。ユナは黒い箱を渡した。箱には、まだ製造されていない企業のロゴと、四年後の日付が刻まれていた。

「これで止められる」

 牧野は言った。

「北区計画を?」

「少なくとも、この部品は使わせない」

 ユナは回収箱を見た。

 赤い靴は、まだそこにあった。

 翌日、地球から小包が届いた。差出人は母。中には、先週捨てたはずの赤い靴が入っていた。

 メモが添えられている。

《ミナが、やっぱり捨てないでって泣いたので送ります。お姉ちゃんにあげるそうです》

 ユナは靴を抱きしめた。

 四年後のミナが覚えているのか、今のミナが偶然そう言ったのかはわからない。未来は完全には消えなかったのかもしれない。あるいは、消えたからこそ靴だけが残ったのかもしれない。

 数週間後、北区居住棟計画は見直しになった。建材メーカーの不正検査が発覚し、開業は無期限延期された。発表資料の片隅に、ユナが提出した黒い箱の分析結果が小さく載っていた。

 忘れ物係の仕事は変わらない。

 ユナは今日も月面で手袋を拾う。婚約指輪を拾う。子どものぬいぐるみを拾う。観光客は相変わらず油断し、月は相変わらず何も言わない。

 ただ、ユナのロッカーには赤い靴が置いてある。

 タグには、こう書いた。

 《相沢ミナ。返却不要。未来からの預かり物》

 夕方、ユナは地球へ通信をつないだ。

 画面の向こうで、六歳のミナが手を振る。

「お姉ちゃん、月にうさぎいた?」

 ユナは少し考えた。

「いたよ」

「何してた?」

「忘れ物を拾ってた」

「誰の?」

 ユナはロッカーの赤い靴を見た。

「これから来る人の」

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しいたけスナック

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