都市に星を返す仕事の表紙画像

都市に星を返す仕事

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/2 📝 3,691文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

光害が深刻化し、都市では本物の星空を見る権利が高額商品になった。 主人公は富裕層向けに人工星空を調整する技師。 だがある夜、空に表示していないはずの星座が現れ、昔亡くなった友人だけが知っている合図を描く。

本文

 東京の夜空には、星が二百七十三個しかない。

 正確には、富裕層向け観測区画ヘブンズ・ウィンドウの標準契約で見える星が、二百七十三個だった。季節の星座、流星演出、月の位相、遠い星雲の淡い色。すべて都市上空の光制御膜に投影される。

 本物の星は、その向こうにある。

 だが都市の照明と広告衛星と配送ドローンの航路灯に押しつぶされ、地上からはほとんど見えない。

 だから人は、星空を買うようになった。

 水原灯里は、夜ごと他人の空を調整する。

「南西の低空、アンタレスをもう少し赤く。お客様の亡くなった犬の首輪が赤だったそうだ」

 管制室の通信に、営業担当の声が流れた。

「星は犬の供養具じゃないんですけど」

「供養具として売った。二十一時から十五分、追加料金込み」

 灯里は溜息をつき、制御卓に指を滑らせた。人工星空のアンタレスが、少しだけ不自然に赤く燃える。画面の向こうでは、港区の高層庭園で黒服の客たちがシャンパンを持って空を見上げていた。

 誰かが泣いている。

 灯里は、その涙を馬鹿にできなかった。

 彼女自身、本物の星を最後に見た夜のことを、ずっと忘れられずにいる。

 中学二年の夏、親友の瀬尾夏樹と二人で、廃止寸前の郊外天文台へ忍び込んだ。夏樹は喘息持ちで、走るとすぐ苦しそうに笑った。それでも、誰よりも遠くを見たがる子だった。

「いつか都市に星を返したい」

 天文台の屋上で、夏樹はそう言った。

「返すって、誰に?」

「みんなに。星ってさ、本当は無料じゃん」

 その翌年、夏樹は死んだ。

 台風の夜、停電した病院で酸素供給が遅れた。都市の電力は、中心部の広告投影と高層区画の保安照明を優先した。夏樹のいた古い病棟は、復旧順位の下だった。

 灯里はそれから、星を嫌いになった。

 嫌いになったはずなのに、星空技師になった。

 人工でも、偽物でも、誰かが上を向く仕事だと思ったからだ。あるいは、夏樹の願いを一番近くで裏切り続けるためだったのかもしれない。

 その夜、異常は二十三時四十七分に起きた。

 契約空域はすべて終了し、都心全域は広告夜景モードに切り替わっていた。夜空には新型車の立体広告と、週末ライブの告知が浮かんでいる。灯里は残業ログを閉じようとして、上空監視画面の片隅に白い点を見つけた。

「未登録光源?」

 点は一つではなかった。

 六つ、七つ、十二。

 星だった。

 人工星空の投影領域外に、存在しないはずの星が並んでいる。灯里は慌てて衛星ログを開いた。光制御膜の外側、実際の宇宙から届いている光ではない。だが自社の投影でも、広告衛星でもない。

 星々はゆっくりと形を変えた。

 灯里の息が止まる。

 それは、夏樹と二人で決めた合図だった。

 オリオンの三つ星の下に、余分な星を一つ足す。天文台で迷子になったとき、先に屋上へ着いたほうが懐中電灯で描く約束をした。

「夏樹?」

 管制室には誰もいない。空調の音だけが、乾いて響いていた。

 灯里は不正アクセスの警報を止め、光源の発信元を追った。座標は都心ではない。湾岸の旧第七光害処理場。十年前に閉鎖され、いまは広告廃熱を逃がすだけの無人施設だ。

 端末に、短い文字列が現れた。

 《星を返して》

 灯里は椅子から立ち上がった。

 翌朝、上司の黒崎に報告すると、彼は眠そうな顔でコーヒーをすすった。

「消せ」

「でも、外部から光制御膜に干渉されています」

「だから消せ。原因究明は保安部がやる」

「発信元は旧第七処理場です。現地確認を」

 黒崎は端末越しに灯里を見た。

「水原。君は技師だ。星空を売るのが仕事で、星空を取り返すのが仕事じゃない」

 胸の奥で、古い言葉がひっかかった。

 星ってさ、本当は無料じゃん。

 その夜、灯里は会社の巡回車を借り、旧第七光害処理場へ向かった。湾岸道路の向こうに、巨大な遮光塔が黒く立っている。かつて都市の過剰な光を吸収し、宇宙へ逃がすための設備だった。だが広告投影事業が始まると、吸収した光は企業の財産になった。

 星を隠す光にも、値段がついたのだ。

 施設の扉は、古い職員コードで開いた。

 灯里は懐中電灯を手に、地下へ降りる。壁には埃をかぶった観測ポスターが貼られていた。子ども向けの字で「夏の大三角を見つけよう」と書いてある。

 制御室の奥で、誰かの声がした。

《遅いよ、灯里》

 灯里は足を止めた。

 古い天文台の補助AIが、壊れたスピーカーから喋っていた。画面には、十年前の夏樹の観測ノートが表示されている。

「あなた、何」

《瀬尾夏樹が残した市民観測AI。名前は、ナツ。本人ではない。そう言えって、本人に言われてる》

 灯里は笑いそうになった。夏樹らしい。死んだあとまで、誤解を先回りしている。

「どうして今さら」

《都市光制御膜の更新で、十年前の遮光ログが解放された。病院停電の日の優先順位データも出てきた》

 画面が切り替わる。

 台風の夜、都市電力がどこへ流れたか。病院の非常電源が落ちた時刻。広告投影維持のため、医療区画への再送電が六分遅れた記録。

 夏樹の死亡時刻。

 灯里の手が冷たくなった。

《灯里。夏樹は、自分の死を暴いてほしいとは書いていない》

「じゃあ、何を」

《星を返して》

 ナツは、旧第七処理場の本来の機能を示した。都市の過剰光を吸収し、夜空を暗くする遮光網。広告会社はそれを封印し、逆に人工星空の投影装置として利用している。

《三分だけなら、都市全域の広告光を落とせる。その間、本物の星が見える》

「犯罪だよ」

《うん》

「会社は潰しに来る」

《うん》

「三分で、何が変わるの」

 スピーカーが少し沈黙した。

《見た人の数だけ、変わる可能性がある》

 灯里は制御卓に手を置いた。できる。彼女はこのシステムを知り尽くしている。都市中の広告光を三分間落とし、遮光網を最大展開し、人工星空ではなく本物の空を露出させる。

 ただし、実行すれば資格も仕事も失う。

 そのとき、管制室の扉が開いた。

 黒崎だった。

「やめておけ」

 灯里は振り向いた。

「尾行ですか」

「保安部より先に来た。君を警察に渡したくない」

「優しいんですね」

「違う。面倒なだけだ」

 黒崎は制御卓の画面を見た。病院停電ログ、夏樹の名前、広告優先順位。彼は長く黙った。

「昔、この施設で働いていた」

 灯里は目を見開いた。

「遮光網は、もともと公共設備だった。誰でも星が見えるようにするためのな。だが維持費が足りず、民間へ売られた。私たちは、星空を守ると言いながら、星空を商品にした」

「だったら」

「だったらこそ、三分では足りない」

 黒崎は自分の社員カードを制御卓に差した。

「広告契約を一斉停止する権限は私にある。名目は、光制御膜の安全点検。十五分やれる」

 灯里は言葉を失った。

「なぜ」

 黒崎は苦く笑った。

「私も、一度くらい自分の仕事を元に戻したい」

 実行時刻は午前零時。

 灯里は管制卓に座り、ナツが旧システムをつなぎ、黒崎が契約停止コードを流した。警報が鳴る。都心の広告塔が次々に沈黙し、ビル壁面の映像が消え、空中看板が霧のようにほどけていく。

 東京が暗くなった。

 最初、人々は停電だと思って叫んだ。

 次に、誰かが空を見上げた。

 星があった。

 二百七十三個ではない。数えきれないほどの星が、黒い空の奥から現れた。夏の大三角、さそり座、白くにじむ天の川。都市に隠されていた宇宙が、十五分だけ戻ってきた。

 灯里は屋上へ駆け上がった。

 海風の中、東京中の窓に人影が見える。歩道橋で、駅前で、病院の屋上で、人々が空を見上げている。泣く人も、笑う人も、端末を構える人もいた。

 空の片隅で、星が一瞬だけ並んだ。

 オリオンの三つ星の下に、余分な一つ。

 灯里は涙を拭わなかった。

「見えたよ、夏樹」

 十五分後、広告光が戻った。

 都市はまた明るくなった。だが、もう完全には戻らなかった。

 翌日、映像は世界中に拡散された。企業は不具合だと発表したが、旧第七処理場のログと病院停電データも同時に公開されていた。隠されていた優先順位に怒りが集まり、都市の光利用を規制する議論が始まった。

 灯里と黒崎は解雇された。

 裁判も始まった。

 それでも、夜になると各地で自主消灯が起きた。五分だけ、十分だけ、看板を消す商店街が現れた。病院の屋上に、小さな観測会が戻った。

 灯里は今、郊外の古い天文台で働いている。給料は半分以下になった。空調は壊れがちで、雨漏りもする。

 けれど毎週土曜の夜、子どもたちがやってくる。

「先生、あれ何座?」

 灯里は望遠鏡を調整しながら答える。

「あれは、はくちょう座」

「じゃあ、あの変な四つ星は?」

 灯里は笑った。

 それは星座ではない。旧第七処理場のナツが、月に一度だけ許可された公共投影枠で描く、小さな合図だ。

 オリオンの下の、余分な一つ。

 星空は、まだ完全には返っていない。

 けれど取り返す仕事は、もう一人の技師だけのものではなくなっていた。

 灯里は空を指さす。

「あれはね、迷子にならないための星」

 子どもたちは、当然のように空を見上げた。

 その顔を見て、灯里はようやく思う。

 星は売り物ではない。

 誰かが上を向くたびに、少しずつ返されていくものなのだ。

ジャンル・タグ

タグなし

作品統計

👁️ 閲覧数: 3 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

しいたけスナック

作者ページを見る