その中の異世顛末生~志山風花
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
佐東仁美、五十歳。 いい歳のばばあ───仕事も家庭も、もうやり直せないと思っていた。 そんなある日。 目を覚ますと、見知らぬ、だけど“自分にひどく優しすぎる”場所にいた。 その優しさの奥に、ゆるやかに絡み合う別の景色── 剣も魔法も陰謀もない異世界。 静かな日常と、人との縁がすべてを動かす物語です。 恋愛もありますが、騒がしい恋ではありません。 多層的な視点で描く、 少し変わった異世界「恋愛」顛末譚。
本文
◆1
深い、えも知らない悲しみ。
絶望……何だ、これ?
突然、なだれ込む、私のものではない感情。
目の前のベッドに、横たわる女性。
条件反射で、女性に駆け寄り頸動脈に触れる。
目にはいる、小さな手。
……。
脈、無し。
胸の動き、呼吸、無し。
ペンライトを探すが、私の服じゃない。
虚ろな瞳が映す少年。
位置的に、私。
大量出血による窒息死。
今回は間に合わなかったか…
女性の目蓋を伏せ、手を合わせる。
改めて、窓に映る自分を見る。
誰だろう、───ラウノ?誰?
部屋を見回しても、まるで見覚えがない。
私の部屋ではないことは確か。
棚に申し訳程度に置いてある本の背表紙には、筆記体の文字。
英語でも、ドイツ語でもない──I.R.O.H.A……ローマ字?
裕福とは言いがたいが、埃が無い綺麗な部屋。
と、いうより絵のような質感。
夢?にしては、変な実感。
《《母》》の遺体をどうしようか?
悲しいかな、職業病。
清拭をしなければと体が動く。
お湯を沸かすために台所にくると、…うっ!釜戸?
火、起こせるかな?無理そうだなー?
水でごめん。
ひとつしかない蛇口を捻ると、まさかのお湯だった。
どういうこと?
…ま、お湯は確保。
作業をするのに、少し熱い。
薄める水はなさそうなので、バケツ…というかその場にあった桶に、お湯を溜める。
タオルを探すために、家捜し。
うー、ごめんなさい。
キレイにするから、許してね。
浴室発見。
上質とはいえないけど、清潔なタオル。
あるだけ持ってベッドの脇に置いて、桶を取りに行く。
よかった、シーツも発見する。さて。
女性の口の中から、血の塊を取り除いて吐き出した血を拭う。
血…の筈なのに、鉄の臭いがしない。
夢、なんだろうな。
淡々と手を動かしながら、何で私は折角の休みに遊びに行ったゲームイベントで、声優さんの応急措置をしたり、夢の中でまでエンゼルケアしたり、してるんだろう…と、考えていた。
にしても、いつもと違う自分の体の大きさに、調子が掴めない。
ご遺体を動かして、シーツを替えるのに息が上がる。
…っ!やれる!大丈夫!
両手で頬を叩いて、気合いを入れる。
……いつもの三倍は掛かっちゃったな。
清拭を済ませて、椅子に腰かける。
…まず、着替えたいな。
すると、体が勝手に動く。
着替えを用意し、浴室に向かう。
私の意識ははっきりある。
けれど、意識しない行動をする体。
明晰夢ってやつなのかね?
浴室に入ると、シャワーがあった。
湯船は無い。
シャワーなんだ…どこまでも凝った夢だな。
バルブを緩めると、お湯。
ん。熱いよね、知ってた。
むしろ湯船に溜めたいくらいの熱さだけど、
自分の体に付いた、血を流す。
ついでに洗濯。
水の方が良いんだけどな。
桶につけ置くことにした。
ご遺体…どうしようか?
濡れた髪を乾かしながら台所に向かうと、四角い箱。
冷蔵庫かな?木製だけど。
開けると上の段に大きな氷。
……アイスボックスってやつかな?
……でも、冷気が出てる?電気のコードはないし、モーター音もしない。
………考えてもわかる気がしない。
下の段にある、お茶をいただく。
ミントティーだ……
とんとん。
「ラウノ?チィラいる?具合どう?」
ノックと共に入ってきたおばさん。
「ウーラさん…」
と、口からスッと出る名前。
知り合いなのかな?
ウーラさんは、母…チィラを見つけて無言になる。
「…荼毘に伏さなきゃね…」
良かった。この後の段取りを聞けるようだ。
◆2
ウーラは、ラウノ母──チィラの妹らしい。
病弱な姉を看病しながら、自分の家庭も守ってる。
のを、理屈ではなく、感じる。
夢って便利だね。
ウーラにつれられて、役場に向かう。
細部にまで凝りすぎじゃない?
私に、そんな想像力があったかしら?
一見、石造りに見えるけど、艶を消した樹脂のような作り物感のある建物。
映画でしか見ないような、クラシックカー。
パンタグラフの無い、路面電車。
限りなく洋を真似た、和。
明治、大正?と、私の脳裏に浮かぶ。
なのに和装の人はない。
まるで、なんちゃって中世のような服装。
……何だろう?そこはかと無い見覚え。
んー何だっけ…?知ってる…気もする。
役場に着いて、死亡届に署名するとウーラが驚いた。
「おや?ラウノ。いつの間に字が書けるようになったの?」
見様見真似の筆記体。
学校で習わないけど、医師の中にはまだ手書きカルテを書く方もいらっしゃったから、書いてみたけど間違った?
「こんなときなんだけど、綺麗な字だねえ…チィラみたいだよ。ねえ!…!って、メルクリオスさんっ!なんで、ここに!」
「夜勤ですよ。今日は職員の都合がつかなくてね。確かに綺麗ですねえ。本当に未就学なんですか?」
濃い銀髪の、緑の瞳の若い男性。
あれ?この人?この声…?
てか、なんで、私を凝視してるんだろう?
男性は、何かを振り払うように頭を振って、
「ところで、火葬は明日でいいですか?明日なら車を出せますが?」
と、言ってきた。
役場で葬儀の段取りまでするのか?
「車は出して貰おうか。男手がうちの旦那しか無いからありがたい」
ウーラが私…ラウノに同意を求める。
出棺に際しての人手、ってことなのかな?
分からないので、頷いておく。
「では、明日の朝、伺います」
「メルクリオスさんが来るのかい?」
「何か不都合でも?」
「いや、お礼金が間に合うかと」
「要りませんよ。……いや、そうですね。ラウノ君に仕事をしてもらう、ということで構いませんよ」
さくさくと、物事が決まっていってる中で、突然名前が呼ばれる。
銀髪の男性が、苦しそうに笑ってる。
「では、明日」
───次の日、チィカの遺体を引き取りに来たメルクリオスさんについて、火葬に向かう。
…夢だよね?寝て起きても夢なんだけど?
所謂、葬儀はなく坦々と焼かれたご遺体の灰をまく。
わが夢ながら、偉く簡素なもんだ。
「葬式がないっていうのも、ある意味合理的なのかしら?」
ボソッと声にしていたらしい。
メルクリオスさんが、すごい目で見てる。
え?
「《《式》》って言ったか?今!」
え?な、なに?!
「《《式》》って、なんだ?」
……聞かれてることの意味が分からないけど、捲し立てられた声で、私は思い出した。
この声、勢雄じゃない?
メルクリオスさん…て、クリストファー・メルクリオスか!
◆3
成る程、【デイム・メイカー】か……。
それで、この状態…《《葬式》》が無い事に納得する。
宗教が、無い世界。
だから、葬》が無い。
と、私に合点はついたのだけど、この睨むように見てくるクリストファーに何と説明しようか?
不用意に滑ってしまった口を、後悔する。
声は……二日前に応急措置した、勢雄…さんのもので間違いない、と思う。
イベントの最中、吐血しながら「なんだこれは」って、吐き出した声と似ている。
尤も、勢雄さんは流行りから一歩引いてる声優さんだから、私はその時初めて聴いた声で。
低く、癖のある不思議な声だなと、印象に残ったのだけど。
で、さて。
何と説明しようか?
「なんの事です?」
私はシラを切ることに決めた。
宗教が無い世界観に、葬式を説明できる自信無い。
「ラウノ…今、何とか《《式》》だって言ったろ?」
矢張、“葬式”という、単語自体がないのだ。
聞き慣れない言葉を、聞き取ってない。
「掃除しなきゃな、と言ったんです。聞き間違いですよ」
苦し紛れだけど、通用するかしら?
すると、強ばっていた表情が、ふわっと解けた。
うわっ…!クリス様は推しではないけど、憂いのある良い顔をするじゃない!
「……そうだよな、すまない」
ありがとう。
そう、男は引き際が肝心だよ。
「──ああ、そうだ。ラウノには頼みたいことがあるんだけど」
と、切り出されたのは子守りだった。
───
次の日
……また寝て起きてしまった。
なんて、長い物語性のある夢なんだろう。
そんなことを考えながら、メルクリオス家へ赴く。
これがゲーム通りなら、セイレン様にお会いできるのだろうか?
邪な気持ちが顔をのぞかせる。
仕方ないよね、推しだもん。
やっとセイレン様ルートの分岐点、攻略サイトで見つけたのに。
早く目覚めて、ゲームしたい。
──でも、あんな若いクリス様、公式の立ち絵では見なかったよね?
おじ様枠じゃなかったっけ?
攻略対象だなんて、あのイベントで初公開だったし。
「みりあです!」
と、なんとも愛らしい少女を目の前に、違和感を覚える。
なぜ、メルクリオス家に少女がいる?
どんなサイトでも、見かけない姿。
知らない名前。
「ラウノ…十歳…」
知らない名前、でもこの後の展開は知ってる。
イベントフラグの、着火点───
斯くして。
推しには会えたけれど、私の好きな推しの姿ではなくて。
対峙するなり、彼の手にはナイフがにりゅっ、と湧き出て。
最新情報で知り得た、「町の少年を殺す」という、セイレン様ルートを見事クリアし。
居合わせたクリス様の、悲痛な面持ちが、美しいな、なんて思いながら。
やけにリアルに腹を突き刺された気持ち悪さを携えて、夢から覚めた。
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