その後の勢雄と杉田
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あらすじ
その後のの勢雄と杉田
本文
ホメオパシーコンプレックス
「あたしね、初めては勢雄さんって、決めてたんです」
「あー、はいはい」
「もう!」
退院してからというもの、特別連絡は取り合ってなかった、というより連絡先を知らない。
けど、俺が舞台をやる度に、客席にその姿を見つけた。
そして、『スーラ』の名前で、びっしりと書かれるアンケート。
けど、嬢ちゃんは決して楽屋に来ることはなかった。
うっすい縁を無理矢理繋ぐのは、この世界の常套手段だというのに。
むしろ別れた元妻の方が、その辺は図々しい。
再婚して出来た娘が、共演の役者のファンだからとやってくる。
なので。
地下アイドルよろしく握手会を設けてみた。
お気に入りの役者の写真を購入した観客に、直筆のサインと握手をする。
それなりに名の売れた役者仲間との公演なので、一人十人程を上限としたら……まあ、分かっちゃいたが、俺のは売り切れる事は無く、一歩引いた感じで眺めていた。
「可哀想だから買ってあげましたよ」
懐かしい声がする。
「一昔前なら負けてなかったんだけどな」
「何でまた、こんな自虐的な企画を……」
「どっかの恥ずかしがり屋さんに気を遣ったつもりなんだが?こうでもすれば、哀れな年寄りにお慈悲をくれる優しいお嬢ちゃんが現れると思ってな」
彼女はちょっと驚いて、微笑んだ。
言葉を探し、視線が戸惑う。
「あたしに会いたかったの?」
「アンケートだけって、寂しいじゃないか?しかも毎回、びっしりと書き込んで来るのに、楽屋に顔出しもしない。水臭い」
「推し活とはそういうものです。線引きは必要って……アンケートって読むんですか?」
「読むよ。しっかり全員で回し読む。『スーラ』さんのアンケートは、みんな楽しみにしてる」
少し大人になった顔を真っ赤にして、幼さを見せる。
結局、それが三年ほど前か。
彼女はそれ以降も同じようにアンケートを書き、サイン会の列に並び、一線をおいていた、が。
「就職しました!」
と、やって来た彼女は、後輩のゲーム屋の伝手で、『プロダクションテルル』に営業として就職した。
「おう、おめでとさん。なんで、ゲーム屋なんだ?」
「使える伝手がそこしかなかったったんです!」
「ぶっちゃけ過ぎじゃないか?で、今日の用は?」
「デイムメイカーの続編を作るんです!」
「……はぁ?そんなに売れてないだろ?前作も」
「はい!悲しいくらい売れてないです!なので、今回は流行りのパズルゲームです!キャラだけ登用です!新規録音、宜しくお願いしますね!」
で、冒頭な訳だ。
色っぽい流れじゃない。
就職して、「初めてお酒を飲みに行くなら」俺と、と言うことらしい。
学生のときは飲んでないのか?と聞いたら、律儀にもソフトドリンクでその場を凌いだらしい、何て言われたら、付き合うしかあるまい。
場末の居酒屋でも良い、ってことだか、おじさんは少し奮発してやるさ。
小洒落たバーに誘ってやった。
バーの方が口が固いのもある。
腐っても顔で商売してるからには、つまらんいざこざに巻き込む訳にいくまいよ。
「へえー。大人って感じ。いっつもこんなところで飲むんですか?」
「たまにはな。ま、スイカ畑で靴紐を結び直すなや、ってやつだ」
彼女は、キョトンとして、大袈裟に相槌を打つ。
「あー、リンゴの木の下で帽子直すなってやつですね」
打てば響く、心地好い遣り取り。
真っ直ぐな曇り無い瞳は、否が応でも夢の中の少女と結び付く。
軽め……というよりほぼジュースのようなカクテルを彼女に与え、おれはウィスキーをロックで乾杯する。
「あっまーい。これ美味しい!何て言うの?」
「プレリュードフィズ。カンパリはほとんど入ってなくて、度数は低いががぶかぶいくなよ」
「勢雄さんは?なに飲んでるんです?…………うぇ…まず……てか、臭い」
「……失礼だな、芳醇っていうんだよ。てか、ヒトの飲み物に指を突っ込むじゃありません」
「勢雄さんとあたしの仲じゃないですか。とか言ってみたり。ごめんなさい」
「病気はなさそうだから構わんが、他のやつにはやるなよ?」
「しませんよー」
何でこの子はこんなにも俺に気を許していいるのだろう……と、思う。
……て、おじさんは門外漢なだけだろうが。
「付かぬことを尋ねるが、おまえさんあの『夢』って、まだみてるか?」
「いいえ?あの時一回きりですよ?あたし、あの夢では死んじゃってるし。勢雄さん、まだ見てるんですか?」
「……おまえさんが産んだ…ミリアだっけ?そいつの娘が出てくる」
「?ろまんちすとですねー。続きを見てるんですか?そんなのゲームでもないじゃないですか」
「そうだよな、うん。ゲームの設定にはお伽噺みたいに続きはないもんな。新作の話もさっき聞いたばかりだしな」
「それに、新作って言ってもガチャ搾取のパズルゲームだから、ストーリーは薄いですよ?」
「……おまえ…一応自社ゲームだろ?」
「あたしは反対派ですから!あたしのクリス様をお金儲けに遣うなんて許してませんから!」
「…………許したんだろ?」
「だって、勢雄さんのお声が聴きたいんですもの」
「ぶれないな」
「褒められちゃった」
そっか、見てないのか。
あの時のような、リアルな夢。
嬢ちゃんと同じ年頃の娘との情愛。
現実に叶わない夢を夢見たとでもいうのだろうか?
叶わない……叶えてはいけない…
それは、夢か?
真っ直ぐな欲望。
歪んだ願望。
ばしんっ!と両頬を叩くと、嬢ちゃんが驚いてる。
「きゃはははは!ろうしたんです?酔っ払いまひた?」
「なんでもねぇ……って!おまっ!いつの間に二杯目!自分で頼んだのか!」
「ちょっと苦いれど、美味しいです~」
呂律がおかしい。
とろとろと目蓋が重そうだ。
このままカウンターに座っていると危ないので、椅子席に移動させてもらう。
「……マスター。なに飲ませたんだ?」
「カカオフィズですよ。アルコールはほとんど入れてませんが……」
「コイツ。酒初めてなんだよ。すまんが水貰えるか?」
「あ、はい……どうぞ。申し訳ありませんでした」
「いや、俺の方こそすまない。うっかり目を離しちまった」
「……大切にされてるんですね」
「……そうだな」
大切……なんだろう。
病院で、ほんの二週間足らずの邂逅だったのに、不思議な縁が結ばれた。
けど、俺は夢を見た。
続きの夢。
無邪気にクリスに纏わりつく彼女は、嬢ちゃんと重なった。
クリスは据え膳に手出しせず、いつか居なくなるだろう自分を思って彼女が泣くことに心を痛めていた。
真っ直ぐな想いに根負けした形で、結ばれたクリスと娘。
繰り広げられる初夜にまで、嬢ちゃんを重ねちまったなんて、口が裂けても言えんだろう。
だから。
せめて、大切にしてやろう。
いつか、俺以外の誰かのそばでおまえさんが笑える時まで───
ホメオスタシスシンドローム
───『真意が知りたい』
なんて、カクテルに込めてみた。
勢雄さんを、半ば脅すように連れていって貰ったバー。
前日にね、勉強したのよ、カクテル言葉。
真意……
折角、ちゃんとファンしようとしてたのに。
接点を持ってきたのは、勢雄さんなんだからね。
色恋の頭数に入ってないだけなんだろうけど。
でも、だからこそ───『真意が知りたい』
…………
触り慣れない感触に、違和感を覚える。
冷たい、硬いシーツ。
家…ではないな、ならどこなんだ?
恐る恐る、薄目を開ける。
睫毛の隙間から、視界情報を集めてみる。
大きな窓から、明るい光が差し込んでる。
夜…だったはず。
どう見ても、夜が明けている。
ん。知らない天井。病院…じゃないか、ホテル?ホテル?!
シーツの感覚がダイレクトに肌に当たってるんだけど…壁に、着ていたはずのスーツを見つける。
ご丁寧に、ハンガーに掛けてある。
えっとぉ…
一人掛けのソファーに座り、眠っている勢雄さんが目に入る。
やっちまったんでしょうか?
自分を確認すると、大きなTシャツを着ている。中は自分のタンクトップで、…………パンツは履いてる。
……
記憶を辿るが、二杯目に口をつけた所でぷっつりと途切れている。
「気分はどうだ?吐き気はないか?」
「どわっ!だから、耳元はやめてくださいって!」
「ん、元気そうだな。良かった」
いつの間にか目を覚ましていた勢雄さんが、ベッドに腰かけた体勢で座っていて。
あたしの耳元で惜しげもなく商売道具で囁く。
ありがたや…じゃない。
「すいません!ご迷惑をおかけしました!」
ベッドの上で、土下座する。
「いや、俺の監督不行き届きだろ。具合悪くなければいいさ。あ、親御さんには連絡しといたぞ」
「親…どうやって?」
「ん?入院中に交換したぞ?知らなかったのか?」
「知りません!…っの、母め…いつの間に」
「それより、姿勢は直し給え。あちこちから、色々覗けるぞ?」
勢雄さんの言葉に、自分の姿を見ると、大きなTシャツの首から胸が丸見えで、太股も晒している。
「……がっ!お、お粗末様ですっ!」
と、慌てて肌掛けにくるまる。
「なんだそれ」
笑いたければ笑えば良いさ。
「喜んで頂き、ありがたき幸せでございますぅ」
頭からすっぽり被ってしまった肌掛けの隙間から勢雄さんを見れば、笑いながらあたしを見てる。
ねぇ?そんな顔されたら期待しちゃうよ?
「俺はシャワー浴びてくるから、着替えちまいな。劇場版入りの三時までなら遊んでやる」
「夜の時って、三時入りなんですか?!ご迷惑じゃないですか?!」
「迷惑なら提案しないさ。楽な格好がいいなら買いに行ってもいい」
「え、いや。着てきた服で結構です」
ふっ、と笑い声をあげて勢雄さんはベッドから立ち上がり、スーツを渡してくれた。
浴室からの水音を聞きながら、スーツを眺める。
……着替えさせて、くれたんだよね……
今更ながら、顔が赤くなる。
けど、改めて色恋の頭数に入ってないことを、実感した。
あーあ。
ダメじゃん……
てかさ。思うのよ。
恋人でもない男の人に、こんな風に扱われちゃって、この先あたしは別の人と恋愛できるのかしら?
基準が勢雄さんになっちゃうのって、どうなんだろ。
いっそ。
いっそ、貰ってくれたらいいのに────なんてね。
スーツに着替えて、大きくため息を吐いた時、勢雄さんが浴室から現れた。
幾分湿った髪だけど、きちんと浴室で身支度して出てきた。
「なんだ?大きなため息だな。幸せが逃げていくぞ?」
「…ふっ、勢雄さんだけあたしのパンツ姿を見て、ズルいなって思ったんですよ」
「俺のパンツが見たいのか?」
「そう言う訳でもないですけどね」
我ながら、訳の分からないことを言ってるのは自覚してます。
「で?どうすんだ?なにする?なにしたい?」
矢継ぎ早に聞かれて、特にしたい事もないのに気づく。
あたしもシャワー浴びたいけど、それは家に帰ってからしろ、って止められた。
気持ち悪いかもだけど、我慢しとけって。
やっぱり、勢雄さんはズルいな。
「勢雄さんって、何でバツイチなの?」
「儲け話を避けたからじゃないか?ただでさえ不安定な職で、安定から逃げたからな」
「ふぅん…大人は大変だね」
「君もその大人の仲間入りしたんだろ?」
「そうだった…!」
馬鹿話が楽しい。
打てば返るって、こんなことなのかな。
心地好い遣り取り。
「メシでも、茶でも、取りあえず出るか」
「このままここで、おしゃべりでもいいですよ?」
少し間を空けて、言葉を掴んだ勢雄さんが言う。
「いや、出掛けよう。腹へった」
その姿に、なんかもやっとした。
いらっとかな?
「人目を避けたいんですか?二人きりは避けたいんですか?どっちなんです?」
いつもの余裕綽々の表情は、勢雄さんが手で隠している。
指の隙間から、あたしを見てるから、睨み付けてやる。
エアコンの自動風量の強さが変わる音がして、冷たい空気が止まる。
あたしは、勢雄さんをソファーに押し倒して、キスしてやった。
軽く、触れるだけのキス。
こんなんで、何か変わるなんて思ってない。
そんな簡単に堕ちる人ならばこんなにも抉らせてはいない。
ただ、貴方を想っているのだと、刻みつけたかった。
深く、深く刻み付けることが出来ればいいと浅はかなのは百も承知。
「やめとけ」
冷静な勢雄さんの声。
大好きな、勢雄さんの声。
こんな、困った顔をさせたかった訳じゃない。
自分の意思とは関わり無くかってに流れ出る涙。
「なんで、どうして…あたしは、ファンでいたかったのに…どうして…試すみたいな…握手会なんかしたんですか!」
「あー…それは、謝る。すまん。久しぶりにおまえさんと話したかったんだ。申し訳ない」
「へっ…?」
「…ぐぉ!」
素直に謝られて腰が抜けて、あたしは勢雄さんのお腹の上に体重を落としてしまった。
「ごめんなさいっ!」
「…勘弁してくれよ。夜公演あんだぞ?」
そう言って、勢雄さんの手はあたしの頬に延びた。
尻餅で止まった涙の跡を拭ってくれてる。
「おまえさんが、二十年早く生まれてきてくれてたらな」
「それなら、勢雄さんが二十年遅く生まれてきてくれてもよかったんじゃないですか?」
て、言ったあと、
「「でもそれじゃ絶対会ってない」」
あたしたちは大笑いした。
「そろそろ下りて貰えませんかね」
て言う勢雄さんに、なんだか悔しいから想いっ切り抱きついてあげた。
Oración──恒常性同化作用が導く不条理な終着点
「あのさ、もし、クリスと結婚する世界線があったら、お前さんは行きたいのか?」
いまだ俺の腹の上が動かない彼女に聞いてみる。
「えらいロマンチストですね。…て、あれ?夕べもそんな話しました?」
「したな。なんかさ、夢の中でクリスが結婚したんだよ」
「えー。それって、勢雄さんに結婚願望があるってことですか?それともするの?!」
すごい剣幕で顔が寄せられる。
「いや、どっちもない」
「間髪いれませんね。で?クリスは誰と結婚したんです?」
「……お前の、孫だよ」
「あたし、孫がいるの?!まだ処女なのに」
「……そういうことは言うもんじゃありません」
「へえ……孫って…いくつ違いなの?」
「二十七とか…」
言って、しくじったと思った。
案の定、
「うちらと一緒じゃないですか。へえ…良いなあ…その子に転生したら、勢雄さんのお声と結婚できるんですね」
「…したいのか?」
「いや、別に。勢雄さんのお声だけとか嫌ですよ。クリス様は好きだけど、勢雄さんがお声だから好きなんですもん」
「お前さんも、間髪いれないな。まあ、ありがとよ」
「信じてませんね!もう、このまま襲っちゃいますよ!」
俺の襟ぐりを掴んで、視線を合わせてくる。
夢で見た光景。
まるで、クリスをなぞるようで気持ち悪い。
あいつは、どうしてたっけ?
「やんねーよ」
芝居がかった声を出す。
遊びの延長にしてしまおう。
「ですよねー」
そう言って、彼女は俺の胸に頭を落とす。
「その子、どうやって落としたんだろう。不思議」
「今のお前とおんなじことやってたぞ?」
「え?じゃあ、このまま続けてたら勢雄さんも落ちるってこと?」
「それはないな。俺はクリスじゃない」
すると、彼女はまた俺に唇を落としてきて、
「知ってます。──あたし、初めては勢雄さんって決めてたって、言ったじゃないですか」
「飲み屋な。夕べ連れていったろ?」
見え透いた、はぐらかしだ。
「……ちぃ!引っ掛からないか。まあ、考えてみたら、着替えさせられて、半裸で何もなかったんだから、脈なんてあるわけも無いんですよねー」
ようやく、彼女は腹の上から降りて、ソファを背に床に座り込んだ。
「そんなところに座るんじゃありません」
俺は上体を起こして、ソファに座り直し、彼女の腕を引く。
「へっ…?」
素頓狂な声を上げる彼女を、後ろから腕を回して抱き込む。
「なあ…、大切なだけじゃ、ダメか?」
彼女の肩に頭を埋め、耳元で言葉を吐く。
我ながら理不尽な問い掛け。
「……仕方…ないな…」
彼女は絞り出すように言って、俺の腕にしがみついた。
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