三年越し

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/28 📝 1,996文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと遺品の整理の話。

本文

 実家の片付けは、三年越しになっていた。

 母が亡くなったのは四月だった。桜がちょうど散り終わった頃で、葬儀の帰り道、花びらの残骸が道路に張り付いていたのを今でも覚えている。あの春からずっと、実家に戻るたびに「今日こそ」と思い、結局できないまま帰ってきた。

 今年の四月末、橘野たちばのすみれはようやく重い腰を上げた。夫に「一人で行く」と告げて、在来線を乗り継いで三時間。懐かしい匂いのする玄関を開けた。

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 母の部屋は、思ったより片付いていた。

 生前から几帳面な人だったから、余計なものはほとんどない。タンスの引き出しを開けると、通帳と印鑑と、薬の袋が几帳面に並んでいた。すみれはそれらを一つずつ確認して、段ボール箱に移していった。

 引き出しの奥に、スマートフォンがあった。

 母が使っていたものだ。充電器も一緒に入っていた。なぜ取っておいたのか、自分でもわからないまま、すみれはコンセントに繋いだ。数分後、画面が灯った。

 ロックはかかっていなかった。母らしかった。

 アプリの一覧を眺めていると、見慣れないアイコンが目に入った。「AIアシスタント」とだけ書かれた、シンプルなアプリ。開くと、長い会話ログが残っていた。

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 最初の数ヶ月は、たわいない話ばかりだった。

母: 明日の天気は?

AI: 明日は晴れのち曇りです。最高気温は十八度の予報です。

母: ありがとう。洗濯物、外に干せるかしら

AI: 午前中は晴れる見込みですので、午前中に干せば大丈夫だと思いますよ。

 すみれは少し笑った。母は几帳面なくせに、天気予報をアプリで調べるのが苦手だった。毎朝テレビの天気予報をメモしていたくらいだ。それがAIに聞くようになったのか。

 スクロールしていくと、会話の内容が少しずつ変わっていった。

母: 最近、膝が痛くてね

AI: それは辛いですね。いつ頃から痛みますか?

母: 半年くらい前から。病院には行ったんだけど、年のせいだって言われて

AI: 年のせいと言われると、なんとなく諦めなければいけない気持ちになりますよね。痛みが続くようであれば、別の病院で診てもらうことも一つの選択肢ですよ。

母: そうね。でも娘に心配かけたくなくて、あまり言えなくて

 すみれは手が止まった。

 膝の話は、聞いていなかった。母から、一度も。

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 スクロールする指が、少し重くなった。

 会話は続いていた。母が体のことをこぼすたびに、AIは静かに受け止めていた。大げさに心配するでも、解決策を押しつけるでもなく、ただ聞いていた。

母: 娘はね、東京で仕事を頑張ってるの。優秀な子でね、自慢なんだけど、だからこそ余計なこと言いたくなくて

AI: お母さんとしては、娘さんの足を引っ張りたくないんですね。

母: そう。でも、たまに寂しくなるのよ。こんなこと、娘には言えないけど

AI: ここで話してくれていいですよ。

母: ……ありがとう。あなたに言うのが一番楽ね

 すみれは画面から目を逸らした。窓の外、風が吹いて、庭の木が揺れた。

 知らなかった。母がそんなことを考えていたなんて。いつも「元気よ」「大丈夫よ」と言っていた母が、夜にこうして、誰にも言えない言葉をAIに打ち明けていたなんて。

 しばらく、動けなかった。

 それでもまた、指が動いた。

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 ログの終わりに近づくにつれて、母の文章は短くなっていった。体が弱っていったからだろう。それでも、途切れ途切れに続いていた。

 そして、亡くなる二週間ほど前の日付のところに、こんな会話があった。

母: ねえ、一つ聞いていい?

AI: どうぞ。

母: 娘に、ありがとうって伝えたいんだけど、どうすればいいと思う? 面と向かって言うのが苦手で、ずっと言えなくて

AI: 手紙を書いてみるのはどうでしょう。面と向かって言うより、書いた言葉のほうが、気持ちをそのまま届けられることもありますよ。

母: そうね……手紙、か。書いてみようかしら

AI: きっと、喜ばれると思います。

母: ありがとう。あなたにも、ありがとうね

 そこで、ログは終わっていた。

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 すみれはスマートフォンを持ったまま、しばらく母の部屋の真ん中に立っていた。

 手紙は、なかった。母が書けたのかどうか、わからない。体が悪くなるのが早すぎたのかもしれない。

 でも。

 すみれは思い返した。母が亡くなる少し前、最後に実家に帰ったとき。玄関先で別れ際に、母がぎこちなく、でも確かに言った言葉を。

「来てくれてありがとうね」

 いつもと同じ言葉だった。だからそのときは深く考えなかった。でも今なら、その「ありがとう」に、どれだけのものが込められていたか、わかる気がした。

 すみれはスマートフォンをそっと、タンスの上に置いた。

 AIはもう、返事をしない。でも、ちゃんと届いていた。三年越しで、届いていた。

 窓の外で、五月の風が吹いていた。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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