第十五話:3年B組の空席の表紙画像

第十五話:3年B組の空席

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/2 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,604文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、十五本目の違和感である。

語り部は、このたび初めて、私ではない人間だった。

場所も、立場も、年齢も、まるで違う人間が——それでも私と同じように、説明できない何かに引き寄せられていた。

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雨の降る平日の夕方、私はいつもの喫茶店でノートを整理していた。

記録の密度が、ここ数日で増している。理由は分からない。

隣の席に人が来たのは、三十分ほど経ってからだった。制服姿の女子高生。紺のブレザー。学校指定の鞄を椅子の背に掛け、スマートフォンを取り出し、注文を終えると、画面に目を落とした。

しばらく静かだった。

「……マジで怖いんだけどこれ。なんで見ちゃったかな」

独り言だった。誰かに向けた声ではなかった。

スマートフォンの画面を見たまま、今度は少し間を置いて。

「写真に写ってるじゃん……」

私はペンを置いた。

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「失礼ですが」と私は言った。

彼女は顔を上げた。警戒した目だった。

「怖い話ですか」

「……そうですけど」少し間があった。「何ですか」

私はノートを見せた。違和感を記録していること。説明できない体験を集めていること。できるだけ短く話した。

彼女の目が変わった。

「え、私もです。怪談、集めてます」

声が大きくなった。周りの客が一瞬こちらを見た。彼女は気にしなかった。

「ちょうどいい話あるんですよ。学校のやつ。聞きますか、先生」

最後の二文字が引っかかった。

「なぜ先生と」

「……なんか、そう思っただけです」

それ以上の説明はなかった。彼女は水瀬凛と名乗った。高校二年生。私は記録する準備をした。

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「三年B組に、誰も座らない席があるんですよ」と彼女は言った。

窓側の後ろから三番目、右の列。

最初から気になってたんです、と凛は言った。誰も座らない。椅子がある、机がある、でも誰も座らない。授業中も、休み時間も。

おかしくないですか——と声に出してから、彼女は少し考えた。

「いや、もっとおかしいのがあって。その席、ちょっとだけ引かれてるんですよ、いつも。誰もいないのに。毎朝、教室に入るたびに、その席の椅子だけ、机から少し引かれてる」

私は書いた。

「誰かが引いたんじゃないですか」

「放課後に戻してみたんです。机にぴったりつけて。次の朝、また引かれてました。二週間続けました。毎朝、引かれてました」

彼女はアイスティーを一口飲んだ。

「誰かいる、と思いますよね、普通。でも誰もいない。絶対いない」

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名簿を確認した、と凛は続けた。

クラスの名簿に、名前があった。

カタカナで「イシカワ ユウ」と印刷されていた。担当の先生に聞いたら「そういう生徒は把握していない」と言われた。クラスの子に聞いたら、三十五人全員が知らなかった。「最初から空いてた」と言う子と、「なんかいた気もするけど顔が思い出せない」と言う子と、「え、あそこに席ある?」と言う子がいた。

ヤバくないですか。

「漢字が気になって、名簿を何度も見たんですけど」

彼女は少し口ごもった。

「ふりがながカタカナで「ユウ」って書いてあって、漢字は……なんか崩れてて、読めなくて」

どう崩れていたかを聞いたが、凛はうまく説明できなかった。「なんか、見たことない字の形だった」とだけ言った。

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近くを通ると呼ばれる気がする、と凛は言った。

体育の時間、教室を横切るとき、あの席の前を通らないといけない。通るたびに——誰かが自分の名前を知っている、という感覚がある。「凛」って。声ではない。でも、呼ばれている。

「クラスには言ってないです。言ったら変な目で見られるから」

彼女は視線をテーブルに落とした。

「机の引き出しを一回だけ開けたことがあって」

「何が」

「髪ゴムが一個だけ入ってました。誰のかは分からないんですけど、古い感じの。でも埃とかなくて、わりと最近まで誰かが使ってた感じがして。それが一番……」

彼女は続けなかった。

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先月、写真を撮った、と凛は言った。

放課後、誰もいない教室で。

実際に見ると空席だった。椅子が、また引かれていた。机がある。誰もいない。スマートフォンを構えてシャッターを押した。

撮った直後、画面を確認した。

「手が止まりました」

空席のはずの席に、後ろ姿の女の子が映っていた。

制服だった。紺のブレザー。黒い髪、ショルダーくらいの長さ。机に向かって座っている。こちらを向いていない。ただ前を向いて、座っている。

顔は見えない。

「もう一枚すぐ撮ったんですよ」

「写りましたか」

「写らなかった。二枚目は普通の空席で」

一枚目だけに映っていた。

「でもその一枚、ちょっと変なんですよね。窓から午後の光が入ってたんですけど——その子の影の向きが、窓と合ってないんです。光源がどこにあれば、あの方向に影が落ちるのか、分からなくて」

私は記録した。影の方向。窓の位置。

「消せないんですよ、その写真。消そうと思ったことがないというか」

「なぜ」

彼女はしばらく黙った。

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「その子、お父さんに会えたのかな、ってずっと思ってて」

声が少し低くなった。

「私のお父さん、小学生のときに亡くなってて。事故で。しばらくして、夢で会ったんです。お父さんが「凛、怖い話が好きだったよな、また聞かせてくれ」って言って。それからなんか、怪談集めるようになったんです。変ですよね」

変ではない、と私は言わなかった。

「イシカワさんも、誰かに会いたかったのかもしれないな、と思って。証拠とかじゃなくて、なんとなく。後ろ姿の写真見てたら、そう思えてきて。だから消せないんだと思います」

喫茶店の中に、静かな時間があった。

雨の音だけが聞こえた。

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残りは八十五本。

カフェを出るとき、凛は「また話しますね、先生」と言った。

翌日、彼女から短いメッセージが届いた。

もう一度、名簿を確認したという。イシカワ ユウの欄。緊急連絡先の携帯番号。

それが——自分の番号と、一桁も違わなかった、と。

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この話を読んだ後、

誰かに名前を呼ばれた気がして思わず振り向いてしまったなら、

あるいはスマートフォンの連絡先をなぜか開いてしまったなら——

それがこの怪談の成功です。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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