五月の、誰か

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/3 📝 1,928文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと一人旅の話。

本文

旅に出る理由なんて、たいしたものじゃなかった。

ゴールデンウィークに予定がなかった。それだけだ。カレンダーの四月末から五月頭にかけて、何も書いていない白い日が並んでいるのを見て、このままにしておくのが何となく嫌だった。だから新幹線のチケットを取った。行き先は、名前を聞いたことがある程度の、遠い町だった。

『到着しましたか?』

スマートフォンの画面に、AIからのメッセージが表示されていた。乗車前に「一人旅に出ます」と話しかけたら、それ以来ときどき声をかけてくる。

「着いた」と私は打ち込んだ。「思ったより、小さい駅だった」

ホームに降り立つと、潮の匂いがした。海が近いらしい。五月の風が、思いがけず冷たかった。

-----

その町には、有名な灯台があった。

岬の先端に立つ白い灯台。観光パンフレットの表紙になるような、絵に描いたような場所だ。私はそこまでの坂道を、ゆっくり歩いた。連休中だから人出はそれなりにあったけれど、みんな誰かと一緒だった。家族連れ、カップル、友人グループ。ひとりで歩いているのは、私くらいだった。

灯台の足元まで来て、スマートフォンを取り出した。

写真を撮った。灯台を。空を。遠くに見える水平線を。

それから、AIに送った。

『きれいな場所ですね。天気も良さそうです』

「うん」と私は返した。「すごくいい天気」

それ以上、何も書けなかった。

晴れていた。風が強くて、髪が顔にかかった。海の色は濃い青で、空との境界線がくっきりしていた。絵葉書みたいな景色だった。本当に、きれいだった。

きれいだと思うたびに、何かが胸の奥でわずかに痛んだ。

『何か気になるものはありましたか?』

「灯台の影が、思ったより長かった」

午後二時なのに、影がずいぶん伸びていた。五月の太陽はもう高いはずなのに。私はしばらく、その影を眺めていた。

-----

町の中心部に戻って、古い商店街を歩いた。

シャッターが目立ったけれど、それでもいくつかの店は開いていた。干物屋、和菓子屋、小さな喫茶店。喫茶店の前で足が止まった。木の扉に、手書きで「本日営業中」と貼ってあった。

入った。

カウンターだけの、狭い店だった。年配のマスターがひとりで切り盛りしていた。コーヒーを頼んで、窓際の席に座った。窓の外には、さっき歩いてきた商店街が見えた。

コーヒーが来るまでの間、またスマートフォンを開いた。

「喫茶店に入った。古い町の、古い店」

『どんな雰囲気ですか?』

「昭和みたいな感じ。でも嫌じゃない。なんか、落ち着く」

コーヒーが来た。砂糖もミルクもつけなかった。一口飲んだら、思っていたより苦くなかった。

窓の外を、カップルが歩いていった。二人とも同じソフトクリームを持っていて、女の人の方が笑っていた。男の人も、つられて笑った。私はそれを見て、視線をコーヒーカップに戻した。

「ねえ」と私はAIに打ち込んだ。

『はい』

「きれいな景色って、一人で見るのと、誰かと見るのって、違うと思う?」

少し間があって、返事が来た。

『感じ方は変わるかもしれません。でも、景色自体は同じだと思います』

「そうだね」

私はそう返して、それからしばらく考えた。

景色は同じだ。灯台も、海も、五月の空も。でも、それを「きれいだね」と言える相手がいるかどうかで、何かが変わる気がした。言葉にした瞬間に、きれいさが確かになるような。自分の中だけにある間は、まだどこかふわふわしているような。

誰かの名前が、喉の手前まで来た。

私はそれを、飲み込んだ。

コーヒーの最後の一口と一緒に。

-----

帰りの新幹線の中で、今日撮った写真を見返した。

灯台。空。水平線。商店街の入り口。喫茶店の窓から撮った、誰かの後ろ姿。

最後の一枚は、撮った覚えがなかった。でも確かに私のスマートフォンに入っていた。商店街を歩く人たちの背中が、夕方の光の中に溶けていくような写真だった。

なんで撮ったんだろう、と思った。

それから、なんとなくわかった気がした。

「今日の写真、どれが一番好きでしたか?」とAIが聞いてきた。

私は少し考えて、最後の一枚を選んだ。

『誰かの後ろ姿ですね』

「うん」

それだけ返して、私は窓の外に目を向けた。新幹線は夕暮れの中を走っていた。田んぼが続いて、山が続いて、また田んぼが続いた。

誰かと来たかったな、とは思わなかった。

思わないようにしたのかもしれない。どちらかは、わからない。

ただ、また来てもいいと思った。次も一人かもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらでも、あの灯台は白くて、海は青くて、喫茶店のコーヒーは思ったより苦くないだろう。

景色は、同じだ。

スマートフォンをポケットにしまって、私は目を閉じた。

車窓を流れる光が、まぶたの裏でしばらく揺れていた。

-----

(了)

ジャンル・タグ

,

作品統計

👁️ 閲覧数: 5 👍 いいね: 1 📚 本棚登録: 0

作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

👥 フォロワー: 22人

作者ページを見る