小学生
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界帰り色々な日常 一話完結・オムニバス
本文
「ほほほ。今回、学園が招待したのは二人か」
朗々とした声が、広大なホールに響いた。
黒いローブの老人が壇上の脇に立っている。細い目が三日月のように細く、白いひげが膝のあたりまで伸びている。それなのに声だけは、妙に若々しかった。老人は 並んでいる百人の子どもたちに向かって、さらに声を張った。
「皆の者、よく集まった。各国の所属から二十人ずつ、合計百人。魔法の才能が認められた子どもたちよ。そして——飛び入りが二人。今回は合計百二人じゃな。ほほほ」
笑い声に、嫌みはなかった。ただただ楽しそうだった。
「この学園は、十五年に一度だけ門を開く。学内での授業が二年ずつ五回。課外授業が一年ずつ五回。合計十五年じゃ。長いと思うかもしれん。しかしこの学園そのものが、魔力の塊じゃ。一人も脱落させん。百二人全員を、最高の魔法士に育て上げる。さあ——頑張れ」
拍手が起きた。百の手が叩かれる音が、天井の見えない高さへと登っていく。
その瞬間、佐藤 純 はようやく気がついた。
壇上に立っていた。乳白色に光る石の床の上に。隣にはルミちゃんが立っていて、純と全く同じタイミングで、きょとんとした顔でホールを見渡していた。同心円状に並んだ席には子どもたちが座っている。人間だけではなかった。耳が尖った子、皮膚が青みがかった子、背中に膜のような羽を折りたたんでいる子、ふさふさした獣の尻尾を椅子の背もたれに引っかけている子。様々な種族の、百人の目が、純とルミちゃんに向いていた。
「……なに、これ」とルミちゃんが言った。
「わかんない」と純が言った。
「十五年、って今言った?」
「言ってた」
「小学校の授業は」
「どうなるんだろ」
「……最悪」
しかしルミちゃんの口元が、ほんの少しだけ笑っていた気がした。
最初の混乱が落ち着くまで、三日かかった。
純とルミちゃんに与えられた部屋は、寮の三階。石造りの壁、細長い窓、木のベッドが二つ。ルミちゃんは一日目に「仕切りが欲しい」と言い、二日目には諦めた。
「なんで諦めたの」
「あんたが『ルミちゃんと話しやすい方がいいじゃん』って言ったから」
「それ、諦めた理由にならなくない?」
「……最悪」
しかしその夜、ルミちゃんはベッドの上から
「純、明日の授業なんだっけ」
と声をかけてきた。
「基礎魔法論」
「予習する?」「する」
部屋に灯りの魔法石が一つ灯り、二人は教科書を広げた。
クラスの顔ぶれは、なかなか壮絶だった.。
獣人の女の子は感情が高ぶるたびに耳と尻尾が全力で動く。授業中に先生に指されるたびに茶色の大きな耳がぺたんと伏せ、尻尾がぐるぐると巻かれる。純はよく見ていた。ルミちゃんには「また見てる」と毎回小突かれた。石人族の男の子は体の半分が文字通り岩でできていて、三ヶ月で椅子を六つ壊した。七つ目からは学園が特注の石の台座を用意した。魚人族の双子は水の入った大きな帽子をかぶって登校してきた。授業中も頭だけがぷかぷかしているのに、成績は学年トップだった。
一番最初に純に話しかけてきたのは、炎族の男の子だった。
赤銅色の肌、オレンジ色の瞳、頭の先からちょろちょろと小さな炎が燃えている。
「君、どこから来たの」
「日本。人間の世界」
「ふうん。魔力の量は?」
「測ってない」
炎族の男の子は品定めするように純を見て、満足そうに頷いた。
「悪くない。ぼくの次くらいかな」
「なんで見ただけでわかるの」
「炎族は魔力の流れが見える。君のはぐるぐる回ってる。面白い動き方だ」
後日、純の魔力の形を知った校長が
「ほほほ、珍しい。渦巻き型とは」と笑った。
学園で渦巻き型の魔力の持ち主は、過去に三人しかいないという。
ルミちゃんの魔力は直線型だった。鋭く、速く、まっすぐ。先生たちが「最も扱いやすい型だ」と言った。ルミちゃんは「ふうん」とだけ答えた。
しかし三ヶ月後の実技試験で、ルミちゃんは直線型の魔法を「曲げる」ことをやってのけた。
「直線型で曲げる魔法を?」と試験官の先生が目を丸くする。
「直線なのに、突き詰めると全部の角度に向けられるので」
「……理屈はわかるが、普通はできん」
「普通ってなんですか」
その日の夜、純はルミちゃんに言った。
「かっこよかった」
ルミちゃんは教科書から目を上げずに「知ってる」と言った。耳が少し赤かった。
二年目が終わり、最初の課外授業が始まった。
学園の外の世界は、広く、奇妙で、時に理不尽だった。一回目の目的地は「霧の森」——視界が三メートルしか効かない霧の中で、百二人が二人一組に分かれてそれぞれの課題をこなす。当然、純とルミちゃんは組んだ。当然というのは、二人以外の誰も疑問に思わなかったからだ。
「迷子になったら」とルミちゃんが言った。
「ならないよ」
「根拠は」
「ルミちゃんいるから」
沈黙。
「……最悪な根拠」
「えっ、褒めてるんだけど」
「知ってる」
霧の森では魔物が出た。牙を持ち、爪を持ち、純たちを食べようとしてくる本物の存在が。純は生まれて初めて、魔法を「誰かを守るため」に使った。渦巻く自分の魔力が、攻撃にも防御にもなる瞬間を、初めて知った。ルミちゃんの魔法は鋭く、迷いがなかった。それでも後で宿営地に戻ってから、ルミちゃんはしばらく黙って座っていた。
「大丈夫?」「大丈夫」。しばらくして「怖かった」とも言った。純は何も言わずに隣に座った。それだけでよかったと、後から思う。
課外授業は五回あった。
霧の森の次は灼熱の砂漠、その次は海底都市の遺跡、四回目は空に浮かぶ島々の群れ、そして最後は——誰も教えてくれなかった場所。記録に残すことも禁じられていた。ただ百二人が全員そこから帰ってきた時、校長は珍しく言葉少なだった。
「ほほほ……よく帰ってきた。それだけじゃ」
十五年目の終わり、純はいつの間にか渦巻き型の魔力を完全に自在に操るようになっていた。最終試験で炎族の男の子を初めて上回った時、炎族の男の子は悔しそうに、しかし清々しく言った。
「やっぱり面白い動き方だよ、君の魔力」
ルミちゃんは百二人の中で唯一、直線魔法を「あらゆる次元に向けて同時発射する」技を完成させた。校長が初めて言葉を失った瞬間だった。
「ほほほ……いや、ほほほではないな。これは」
「おかしいですか」
「おかしいが、すごい。人類史上、記録にない」
ルミちゃんはそれを純に報告した。
純は「すごい!」と目を輝かせた。
ルミちゃんは「そんなに騒がなくていい」と言った。でも嬉しそうだった。
獣人の女の子とは友人になった。石人族の男の子とも。魚人族の双子は最後の年に「実は喋れる」と告白して一同が仰天した。水の帽子は「好みの問題だった」らしい。
十五年目の最後の日、校長は百二人を大広間に集めた。十五年前と同じ乳白色の床。同じ金色の光が天井で渦を巻いている。
「全員、揃っておるな。約束通り——一人も欠けておらん。百二人、全員。最高の魔法士じゃ」拍手が起きた。
純は気づいたら笑っていた。隣のルミちゃんを見ると、ルミちゃんも笑っていた。辛口の、どこか照れたような、ルミちゃんらしい笑顔で。
「終わったね」「終わったね」
「ルミちゃん」「なに」「ずっと——」
世界が、揺れた。
鐘の音が聞こえる。まだ、鳴っている。 午後一時十秒。
教室だった。小学校の、一番後ろの席。机の上のランドセルが、何事もなかったようにじっとしている。純は自分の手を見た。小さい。十歳の手だ。
隣を見ると、ルミちゃんも自分の手を見ていた。
二人は顔を見合わせた。
そして、笑った。
鐘の音は、もう止んでいた。
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