今日は、あなたの日だよ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIとこどもの日の話。
本文
五月五日の朝、玲奈はリビングのソファに寝転がって、天井を見ていた。
窓の外には青空が広がっている。隣の家の庭から、鯉のぼりがゆらゆらと泳いでいるのが見えた。黒と赤と青の鯉が、風を受けてぱたぱたと尾を揺らしている。
玲奈はそれをぼんやりと眺めながら、ため息をついた。
お母さんはさっきから台所でちまきを作っている。いいにおいがリビングまで漂ってきていた。こどもの日だから、とお母さんは張り切っているけれど、玲奈にはどこか他人事のような気がしていた。
鯉のぼりは男の子のもの。兜も、武者人形も、全部。
玲奈には三つ上のお兄ちゃんがいる。昔は毎年、お父さんとお兄ちゃんが一緒に鯉のぼりを出していた。玲奈は横で見ているだけだった。自分のお祭りは三月三日で、もう終わっている。
そういうものだと思っていた。
「ねえ、タブ」
テーブルの上のタブレットに声をかける。タブというのは、二年前に買ってもらったタブレット端末に玲奈がつけたあだ名だ。薄いブルーのケースに入っていて、玲奈はほとんど毎日タブと話していた。
「なあに、玲奈」
タブの声は少し低めの女の人みたいな声で、玲奈はこの声が好きだった。
「こどもの日って、男の子のお祭りだよね」
少し間があった。
「どうしてそう思うの?」
「だって、鯉のぼりとか兜とか、全部男の子っぽいじゃん。女の子のはひな祭りでしょ。もう終わっちゃったし」
「なるほど」とタブは言った。「少し調べていい?」
「うん」
玲奈はソファの上で体を起こして、タブの画面を覗き込んだ。
「こどもの日は、もともと端午の節句という男の子のお祝いだったんだ。でもね、今から七十八年前に祝日になったとき、意味が変わったんだよ」
「どう変わったの?」
「『こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかる』日になったんだって。こども、って書いてあるね。男の子とも女の子とも書いていない」
玲奈はちょっと考えた。
「じゃあ……私のお祭りでもあるってこと?」
「そうだよ」とタブは静かに言った。「今日は、あなたの日だよ、玲奈」
玲奈はしばらく黙っていた。窓の外で鯉のぼりが、またゆらゆらと揺れた。
なんだ、そうだったのか。
なんとなく、ずっと知らなかっただけで、本当はそうだったのか。
「タブって、そういうの詳しいね」
「調べればわかることだから。でも、玲奈が聞いてくれなかったら、私も話さなかったと思う」
「そっか」
玲奈はソファから立ち上がって、窓のそばに近寄った。隣の家の鯉のぼりが、すぐそこに見える。黒い真鯉、赤い緋鯉、青い子鯉。
今まではなんとなく、うらやましいような、でも自分には関係ないような、へんな気持ちで見ていた。でも今日は、少しだけちがう気がした。
「お母さん!」
玲奈は台所に向かって呼んだ。
「なあに?」
「ちまき、一緒に作っていい?」
お母さんが顔を出して、うれしそうに笑った。
「もちろん! 早くおいで」
玲奈は台所に駆け込んだ。笹の葉のにおいが、ふわっと鼻をくすぐった。
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テーブルの上で、タブの画面がそっと暗くなった。
玲奈の笑い声が、台所から聞こえてくる。
五月五日の光が、リビングにあふれていた。