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時

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/7 📝 1,130文字 ✅ 全年齢

あらすじ

1歩だけずれていく。

本文

雨が降っている。

細かい雨だった。

傘は差すほどでもなく、行き交う人たちが足早に去っていく。街灯に照らされた水滴が白く浮かび、すぐに消える。

透はその中に立っている。

指先から、その先へと雫が落ちていく。

雨のせいなのか、それ以外なのかを考えようとして、止まる。

目の前には悠が倒れていた。

制服が染まっている。

そこだけが鮮明に見えた。

少し離れた場所で、誰かが声を上げる。

「え、やば……」

若い声だった。

続けて足音が増える。立ち止まる音。濡れた地面を滑る靴底の音。

透は顔を上げる。

数人の人間がこちらを見ていた。

誰も近づいてこない。

その距離だけが、不自然にはっきりしている。

誰かがスマホを向けていた。

画面の光が雨粒を反射して、小さく揺れる。

慌てた様子で何かを話している。

だが、内容はほとんど入ってこない。

別の誰かは、透ではなく悠を見ていた。

また別の誰かは、ただ画面を見ている。

撮っているのか、誰かに送っているのかは分からない。

透はぼんやりと、その光景を眺めていた。

不思議と現実感がない。

逃げようとは思わなかった。

だからといって、ここに留まりたいわけでもない。

ただ、自分だけが少し遅れて世界を見ている感覚があった。

向こうでは車が通り過ぎ、信号が変わる。

コンビニの自動ドアが開き、制服姿の学生が一瞬こちらを見てから足早に去っていく。

世界は止まっていない。

何も待たないまま進んでいる。

透はゆっくりと瞬きをする。

昼間のことを思い出す。

授業中、悠が眠そうに窓の外を見ていた。

教師に当てられて、適当に答えて、周囲が少し笑った。

そのあと、悠は「最悪」とだけ呟いていた。

本当に、それだけだった。

それだけの記憶なのに、妙に残っている。

数時間前まで、自分たちは確かに同じ教室にいた。

同じ光を見て、同じチャイムを聞いていた。

けれど、透は時々、悠の見ている景色が分からなかった。

いや。

本当は、最初から誰のことも分かっていなかったのかもしれない。

スマホを向けている人間の一人と、目が合う。

すぐに逸らされる。

その動きだけが、妙に自然だった。

透はふと思う。

ああ、やっぱり。

君は僕を見ていなかった。

いや、違う。

見えてはいたのだろう。

ただ、自分もまた、誰かを同じようにしか見ていなかった。

名前。関係。会話。

その輪郭だけをなぞって、理解したつもりになっている。

本当は、その奥に何が積み重なっているのか、誰も知らない。

雨音だけが、少しずつ強くなっていく。

悠の制服に落ちた水滴が、小さく跳ねた。

サイレンの音が遠くで鳴っている。

近づいているのか、まだ遠いのかも分からない。

誰かがまた何かを話している。

けれど、もうどうでもよかった。

向こうでは、まだ信号が変わっている。

透はまた静かに目を閉じる。

流れは平等で、不誠実である。

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作者について

柊無名

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