私の代わり
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIの代行サービスの話。
本文
代行アプリを入れたのは、去年の秋のことだった。
きっかけは就活説明会の帰りだった。母から電話が来て、「今日どうだった?」と聞かれた瞬間、何も言葉が出なかった。別に仲が悪いわけじゃない。ただ、あの日は疲れていて、うまくいかなかった話をゼロから説明する気力がどこにもなかった。
気づいたら電話を切っていた。
その夜、アプリをダウンロードした。
使い方は簡単だった。「関係者」ごとにプロフィールと過去の会話履歴を読み込ませると、AIが「私らしい返答」を学習する。あとは通知が来るたびに「代行」ボタンを押すだけ。母には「元気だよ、説明会はまあまあだった。また報告するね」と返った。完璧だった。私が言いそうで、でも私が絶対に言えなかった言葉。
それから半年、代行の範囲は少しずつ広がった。
母。父。地元の友人。ゼミの連絡グループ。アルバイト先のシフト調整。遠方の祖母。顔は知っているが名前が出てこない高校の同級生。
私は返信するかわりに、スマホの画面をスクロールして、AIが私の代わりに紡いだ言葉を眺めた。うまいな、と思うことが多かった。私より私らしかった。
本当に困ったのは、自分で返信しようとしたときだった。
就活が佳境に入った頃、面接でお世話になったOGの先輩から個人的にメッセージが来た。「面接、通ってるといいね。応援してるよ」。なんとなく、これは自分で返したかった。代行ボタンを押さずに、キーボードを開いた。
五分経った。
何も打てなかった。
結局、代行ボタンを押した。「ありがとうございます! 先輩のおかげで自信が持てました」と返った。先輩は「それは良かった!」とハートを送ってきた。
内定が出たのは五月だった。
祖母に報告しようと久々に電話した。アプリ経由ではなく、自分で。声を聞きたかった。
「もしもし、おばあちゃん? 就職、決まったよ」
少しの間があって、祖母が言った。
「あら、そう。よかった。……ねえ、梢ちゃん」
「うん?」
「あなた、少し変わったね」
心臓が止まりそうになった。
「え、そう? そうかな」
「うん。なんか……丁寧になった。前はもっとぶっきらぼうだったじゃない、電話」
祖母は笑っていた。悪い意味ではないらしかった。
「大人になったんだね」と言って、電話を切った。
梢はしばらくスマホを持ったまま動けなかった。
大人になった。
そうかもしれない。でも、それは本当に私が大人になったのだろうか。それとも、AIが大人の私を先に作り上げて、本物の私はまだそこに追いついていないのだろうか。
アプリを開くと、祖母とのトーク履歴が並んでいた。半年分の「私」の言葉。丁寧で、優しくて、ちゃんとしていた。
梢は代行ボタンに指を乗せたまま、少しだけ迷った。
それから、そっと押した。