好きだった、と思う
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと数学のテストの話。
本文
AIを使い始めたのは、二年の夏だった。
きっかけは数学の定期テストだ。どう勉強しても点が伸びなくて、試しに問題をスキャンして投げてみたら、解説が恐ろしいほど分かりやすかった。教科書より、学校の先生より、ずっと。
それから勉強のやり方が変わった。
問題を解く前にAIに解法を確認する。ノートに写す前に要点を聞く。応用問題は自分で考える前にパターンを教えてもらう。効率が上がった。点数も上がった。親は喜んだ。担任には「努力が実ったな」と言われた。
嘘はついていない、と思った。努力はしていた。ただ、少し方向が変わっただけだ。
三年になって、志望校が固まった。県内トップの進学校。数学の配点が高い。
対策は完璧だった。AIが過去問を分析して、頻出パターンを洗い出して、優先順位まで整理してくれた。律は毎日それをこなした。機械みたいに、でも確実に。
模試の結果はA判定だった。
面接の練習も、AIとやった。想定問答を百本ノックで叩き込んだ。「志望動機は?」「得意科目は?」「高校でやりたいことは?」全部、よどみなく答えられるようになった。
本番は十二月だった。
学科試験は手応えがあった。見たことのあるパターンばかりだった。
面接室に入ると、面接官が三人いた。真ん中の年配の男性が、最初の質問を投げた。
「得意科目を教えてください」
「数学です」
想定通り。
「数学のどんなところが好きですか?」
「答えが一つに決まるところと、プロセスに論理的な美しさがあるところです」
練習した通り。面接官がメモを取った。
「なるほど。では――」
男性が少し前のめりになった。
「数学が好きになったのは、いつ頃ですか? きっかけがあれば聞かせてください」
律は、答えようとした。
口が開かなかった。
好きになったのは、いつだろう。小学校のとき、図形の問題を解いていたら時間を忘れた記憶がある。でもそれは本当に自分の記憶だろうか。中学で初めて証明問題を解けたときの達成感。でも最近の自分は、証明問題をAIに確認してから解いている。
好きだった、と思う。
思う、だけかもしれない。
「……好きになったきっかけ、ですか」
「ええ、エピソードがあれば」
面接官の目が、まっすぐこちらを向いていた。
律の頭の中に、練習してきた言葉が並んでいた。でもどれも、今この質問への答えじゃなかった。AIが用意した想定問答の中に、これはなかった。いや、あったかもしれない。でも律は、その答えを自分の言葉だと思えなかった。
沈黙が、五秒続いた。
「……すみません、少し考えてもいいですか」
「どうぞ」
また沈黙。
律は、自分がいつから数学を好きだったのか、本当に思い出せなかった。点数を上げることに集中するうちに、好きという感覚がどこかへ行ってしまったのか。それとも最初から、好きだったわけじゃなかったのか。
分からなかった。
模範解答が、どこにもなかった。